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ARIA  作者: 残念パパいのっち
フェイクビレッジ
23/99

木崎弥生

いつもより木崎弥生が大きく見えた。


足元を見ると底の厚いミュールを履いていた。早足で近づいてくる彼女の雰囲気が薄暗く怖かった。


僕の眼の前まで来ると、ピタリと止まった。


「……山内、拓人くんは来れなくなったから」


「どういうこと?」


こちらの質問には答えず、木崎弥生は踵を返した。


『木崎さん、待って。聞きたいことがあるの』


木崎弥生はピタリと足を止めた。こちらを振り返らず、ぶっきらぼうに答える。


「何?」


『五十嵐くんは何で来れなくなったの?』


「……怪我をしたから」


『どうして怪我をしたの? どのくらいの怪我なの?』


木崎弥生は振り返らずに、頭をガシガシとかき乱した。


「拓人くんが退院したら、自分たちで聞けばいいでしょ」


「待って、拓人は入院してるのか?」


再び、頭をガシガシと掻き始めた。


「入院してる。もういいでしょ」


木崎弥生の左腕を掴んで止めた。


「待ってくれ、いくらなんでも説明が足りない」


『五十嵐くんに何があったの? 説明して』


ガシガシと頭を掻いていた右手がピタリと止まり、重力に負けて右腕がだらんと真下に落ちていく。丸く小さな背中が心細く感じた。


掴んだ左腕は小さく震えていた。


「木崎さん?」


振り返った彼女は鬱々とした暗い顔をしていた。


『どうしたの?』


雫も妙な沈黙に違和感を覚えたらしい。


木崎弥生の左腕を強く握りしめていたことに気づき、慌てて離した。


「とりあえず、座らないか? 話を聞かせて欲しい」木崎は何も言わずに小さく頷き、テーブルの椅子に腰を下ろした。


『木崎さん、泣いているの?』


「泣いてない」


木崎弥生は手の平で涙を拭う。


座ってくれたものの、沈黙してしまい話が進まない。


その時、女性店員の如月さんが木崎さんの前にミルクティーを置いた。


「あの、頼んでないんですけど……」


唇の前に人差し指を立てる。


「店長が君に絡んだ迷惑料。そちらの彼女にチャイのサービス」そう言うと颯爽とカウンターへ引っ込んで行く。


ティーカップからは薄っすらと湯気が立ち上っていた。


木崎弥生はティーカップを両手で包むように持ち上げ少しだけ口をつけた。


「温かい……」


僕と雫は静かに木崎弥生が話し始めるのを待っていた。彼女の頬に赤みがかる。俯いていた顔がかすかに上に持ち上がった。


「……拓人くんは私やあんたたちを庇って、喧嘩になったの」


「えっ?」


僕は気がつくと自分の心臓のあたりを鷲掴みにしていた。くしゃくしゃになったシャツを掴む手から熱が引いていくような気がした。


『誰と喧嘩になったの?』


「木下」


また、木下だ。


名前を聞いただけで、腸がぐらぐらと煮えたぎるような感覚におそわれる。


「フェイクポルノの犯人があんたたちって噂になってるのは知ってるよね?」


僕は首肯する。


「あたしはその悪人を断罪した正義の味方って事になってるの」


『……アカウント名を見る限り、私もあのスレッドの主は木崎さんだと思ってる』


雫はためらう事なくハッキリと木崎弥生に自分が疑っていることを告げた。


木崎弥生は僕のスマホの画面をじっと見つめたかと思うと、顔を左右に振る。


「……私はやってない」


『本当なの? とても信じられない』


「別に信じてくれなくていい。でも、拓人くんは信じてくれた。だから……」


木崎弥生の話によると、サークル内で悪人を懲らしめたヒーローとして持て囃す連中と、証拠もないのにSNSに無断で画像や動画を公開した木崎を社会悪として断罪する連中とで揉めたらしい。


その時、皆を焚き付けたのが木下だ。自分はSNSはやっていないと、何度も説明したが聞く耳を持ってもらえなかったそうだ。


拓人が「弥生ちゃんはそもそも無関係だ。亮も雫ちゃんも誰も傷つけていない。


お前らこそ、いい加減な事を言うな」と怒鳴りつけた。その声を皮切りに木下たちと拓人で取っ組み合いの喧嘩になったらしい。


「多勢に無勢で拓人くんは1時間前くらいに病院に運ばれた」


木下はただ単に弱者をいたぶることを楽しんでいるサイコパスなのかもしれない。


「木下たちは?」


「逃げた。でも、大学の職員が警察に通報したと聞いた」


『じゃあ、木下は捕まったの?』


「その後のことは知らない。拓人くんに頼まれて、すぐここに向かったから……」


嘘をついているようには見えない。スレッドを立てたのは……木崎さんじゃない?


『前に調子に乗らないほうがいいって言ってたわよね。あれはなんで?』


「何って……そのままの意味」


『そんなに私が気に入らないの?』


木崎さんが顔をあげて目を見開いた。


また、頭をガシガシと掻きはじめた。


「そうじゃない。あんた、一部の女子派閥から目をつけられてる。だから調子に乗るなって……意味」


今度は雫が目を見開いた。


『……もしかして、心配してくれてたの?』


「まあ……」


木崎さんはスマホからプイッと目をそらした。その時、雫は手のひらをゆっくりとこちらに向けた。


「木崎、こっち見て」


「あんた……なんなのその手? なんで、QRコード!?」


『あなたのスマホでQRコードを読み取って』


「し、雫!?」


雫の言動が予測外すぎて、誤魔化している暇がない。


『木崎がスレ主じゃないなら、このQRコードを読み取って』


「読み取ると何なんだよ……」


『──木崎を信じてみたくなった』


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