第八話
担任に反省文を提出し、保険の先生のチェックを受けて学校を出た頃にはすでに日が落ちかけていた。
グラウンドで騒がしく練習をしていた生徒たちの姿ももう数えるほどしか見えなくなっている。
隣を歩くいおりは相変わらずの無表情のまま、まるで物言わぬ人形のように正確なリズムで足を進めている。
時折風に遊ばれる髪の毛を押さえつける動作以外は実に機械的で、無駄な挙動がまったくない。
恵太が追い越そうが遅れようがそれが変わることはなかった。
多分恵太が何も言わずに脇道に逸れたとしても、そんなことに気付くことすらなく歩いていってしまうのだろう。
いおりの中では一緒に帰っているというよりも、クラスメイトがただ隣を歩いているいうくらいの認識しかないのかもしれない。
ただ、完全に無視されているというわけでもなく、
「体調はもう大丈夫なのか?」
「平気」
「いつもは何時に寝てるんだ?」
「二十三時」
「好きな食べ物は?」
「お寿司」
など、ぶつ切りではあるが返事はしてくれる。
いおりから恵太に話しかけてくることは一度もなかったが、完全に無視し続けられるよりかは幾分かマシに思えた。
そんなやりとりをしながらしばらく歩いていくと、とある交差点に差し掛かったところでいおりが急に立ち止まる。
「ここまででいい」
「ここまでって……まだお前のお願いを聞いてないんだけど」
「別にいらない」
「いや、そういうわけには……」
言いかけて、恵太は言葉を続けることができなかった。
恵太を見つめるいおりの表情は相変わらず何を考えているのかわからない。
ただ、その瞳の中には明らかな拒絶の色が浮かんでいた。
さっきもいおりは恵太にしてほしいことは何一つないと言っていた。
いおりが嫌がるというのであれば、これ以上は恵太の自己満足でしかなくなってしまう。
それを理解して、恵太は口を閉じるしかなかった。
そんな恵太に向かって、いおりが口を開く。
「ありがとう」
二人の間を吹き抜けていく風に、いおりの髪が躍る。
それを抑えようともせずに、いおりはただじっと恵太のことを見つめていた。
なんだか心の内を覗き込まれているようで、恵太はいおりの視線から逃げるように目を逸らす。
「どうして、お前がお礼を言うんだよ」
「ここまで送ってくれたから」
「それは、ただお詫びをするためについてきたってだけで……」
恵太が言い終わる前に、いおりが首を振ってその先の言葉を閉ざしてしまう。
「保険の先生に聞いたから、それは嘘だって知ってる」
「……」
かっと顔が熱くなるのがわかった。
嘘をつこうとしたつもりはなかった。
ただ、なんとなく気恥ずかしくて口にしたくなかっただけだ。
責任を感じているので家まで送らせてくださいなんて面と向かって言えるほど、恵太のメンタルは強くない。
だから保険の先生に本人には言わないで下さいとお願いしていたはずなのに、どうやら簡単に裏切られてしまったらしい。
知られてしまっているのであればもう取り繕うだけ無駄なような気がして、恵太は大きく息を吐いて肩を落とした。
「だから、お詫びはいらない。気にかけてくれたこと、嬉しかったから。それだけでいい」
そう言われてしまえば、恵太にはもう何も言えない。だから、
「音守がそう言うなら、それでいいんだけど」
そんなぶっきらぼうな言葉を返すことしかできなかった。
会話が終わると丁度信号が青に変わり、恵太たちの周りにいた数人の歩行者が一斉に歩き出す。
「それじゃあ」
「……なぁ、音守」
何かを言おうとして呼び止めたはずなのに、何を言おうとしたのかさっぱりわからなかった。
ただ、恵太の言葉を待っているいおりをこれ以上待たせるわけにもいかないので、ぱっと頭に浮かんだ言葉を口にした。
「また明日、学校でな」
「うん。また、明日」
そう言って、いおりは軽く頷いて控えめに手をあげた。
そして今度こそ、その姿は道行く人の波に消えていった。




