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第七話

 これ以上この問答を続けても意味がない。

 どうしてなのかはわからないが、どうやら本当に怒っていないらしい。

 優しいとか心が広いというよりかは、どこか感情が抜け落ちているような、そんな印象を受けた。


 ただ、このまま何もしないではいさようならでは恵太の気が収まらないのも事実。


「わかった。じゃあ何か俺にしてほしいことはないか?」


「ない」


 ノータイムで答えが返ってくる。

 さっき怒る理由を考え込んでいたのとはえらい違いだ。


 そんな切れ味の鋭い言葉にめげそうになるが、いろいろと覚悟をして言った手前、簡単に引くわけにもいかない。変な意地のようなものが恵太を突き動かしていた。


「それじゃあ俺の気が収まらないんだよ。何でもいいんだ。焼きそばパン買ってこいでも、メロンパン買ってこいでも」


「お腹が減ってるの?」


「違う。怒らないでくれるのならせめてお詫びをさせてくれってことだよ」


 そこまで聞いてようやく恵太の意図していることがわかったのか、よく見ないとわからないほど小さな動作で頷いた。

 どうやら納得してくれたらしい。 それを見てほっと一息つく。

 大した会話をしたわけでもないのになんだかどっと疲れていた。


「よし。じゃあ早速だけど何をすればいい?別に今日今すぐにじゃなくても構わないけど」


「……」


 だが、しばらく経っても返事が返ってくる様子はない。

 時計の針が動く音と、外から聞こえてくる部活動の喧騒だけが保健室にやけに大きく響いている。

 しっかり六十秒数えても、言葉が出てくることはなかった。

 どうやらさっき言っていたしてほしいことは何もないという言葉は嘘じゃなかったらしい。


「……わかった。とりあえずもう放課後だから帰ろう。思いついたら教えてくれ」


 恵太の言葉に頷くと、さっさと部屋を出ていこうとする。


「あ、ちょっと待った。お前が起きたら先生に報告しに行くことになってるんだ。俺が呼んでくるから、それまでここで休んでてくれないか」


「そう」


 短く答えると、すぐ近くの椅子に座って窓の外に視線を向けた。


 教室を出ていこうとして、ふと聞こうと思っていたことを思い出す。


「そういえば名前も聞いてなかったよな。俺の名前は明日葉恵太。二年四組だ」


「音守いおり。二年四組」


「……」


 恵太といおりの間に嫌な沈黙が広がった。

 厳密にいえば恵太にとってだけ嫌な沈黙。


 今は四月なのでクラス替えをしてからまだ日が浅い。

 恵太はクラスメイト全員の名前と顔が一致していなかった。

 全員の名前を言えるかどうかすらも怪しい。というか間違いなく言えない。


 だが、話したことのないいおりが恵太のことを知っていた以上、新学期が始まったばかりだからまだ覚えていませんでしたなんていう言い訳はこの場では通らない。


「あー、えっと、その」


 なんとか言葉をひねり出そうとしていると、ふと脳裏に誰かの言葉が過る。


 ――音守いおりを救うんだ。そうすれば、キミは死ななくて済む


 夢の中で聞いた名前。

 それと全く同じ名前の女子生徒が今、恵太の目の前にいる。


 ぞわぞわと鳥肌が立つのがわかった。

 あれは夢だったはずだ。

 まさか、予知だとでもいうのだろうか?

 だとすると、恵太が明日死ぬという言葉も……?


 そこまで考えて、恵太は首を振った。

 あまりにも馬鹿馬鹿しい。 たまたま、偶然だ。

 今日はあまりいいことがなかったからマイナスに考えてしまっているだけだ。


 咳ばらいを一つすると、恵太は改めていおりに向き直った。


 しかし、何と言っていいのだろう。

 自分のクラスメイトの顔も名前も覚えていなかった時のうまい言い訳なんて、もはや謝る以外に残されていないような気がした。


「ごめん」


「どうして謝るの?」


「いや、音守の名前と顔を覚えてなかったから。クラスメイトなのに」


「別に、気にしてない」


 恵太には一瞥もくれず、これでこの話は終わりというようにいおりは短くそう言って話を切る。

 その態度が、こんなやりとりはさっさと終わらせて早く帰りたいと言っているように思えて、恵太はもやもやした気持ちのままそそくさと保健室を後にするしかなかった。

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