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第六話

 一日の全ての授業を終えた後、恵太は一人夕焼けが照らす保健室で四百字詰め原稿と向き合っていた。


 原稿の中身は当然、遅刻のせいで怪我人を出してしまったことに対する反省文だ。


 なぜ遅刻してしまったのか、どうして塀を乗り越えようとしたのか、怪我人を出してしまったことに対してどう考えているのかなど、今回恵太がしでかしてしまったことに対して赤裸々に書き綴らなければならない。


 女子生徒を保健室へ連れて行った後、保険の先生と担任にはこっぴどく叱られた。

 遅刻した挙句、人に鞄をぶつけて保健室送りにしたのだから当然だろう。

 完全な自業自得。結果的に軽い打撲だけで済んだのは本当に不幸中の幸いとしか言いようがない。 


 キリのいいところでシャープペンシルを置き、時計を見上げる。

 恵太が反省文を書き始めてからすでに一時間以上が経過しようとしていた。

 保険の先生は席を外しているため、外から聞こえてくる部活のにぎやかな声を除けば保健室は静かなものだった。


 ふと、保健室に三つある内の一番窓側に近いベッドに目を向ける。


 一つだけカーテンが引かれたそこには、恵太が怪我をさせてしまった女子生徒が今も眠っている。

 二時間目の休み時間から数えておおよそ六時間ほど経っているにもかかわらず、未だに目を覚ましていない。


 保険の先生が言うには過労と寝不足が主な原因だろうとのことだった。

 あの時は焦っていたので気付かなかったが、体調もかなり悪かったのだろう。

 ただ、倒れる引き金を引いてしまったのは恵太であることに変わりはないため、起きてくるまで待とうと恵太は決めていた。


 それからまた時間が経って、反省文が完成したのとほぼ同時に保健室のベッドの一つから動く気配がした。

 しばらくもぞもぞしてからカーテンがシャッと音を立てて開かれると、女子生徒が姿を見せる。


 寝起きの為かまだ眠そうな瞳を擦りながら上靴を履いて恵太がいる方に歩いてきた。

 ぐっすり眠ることができたおかげか、顔色はかなり良くなっているように見える。


 恵太は立ち上がると、深々と頭を下げた。


「俺のせいで怪我させて、授業まで休むことになって、本当にすいませんでした」


 返事は中々返ってこない。

 怒っているのか、呆れているのか、それとも別の感情か。

 どんな罵声が来ても恵太は素直に受け入れる覚悟だった。


 時間にして数十秒、体感的に数分の間をおいて、ようやく返事が返ってくる。


「別に、気にしてない」


 返ってきたのは、叱責でも怒声でもなかった。

 あまりにも意外な言葉だったので、つい顔を上げてしまう。

 言葉どおり、その顔には怒りの感情は全く見えない。

 むしろ、何も思っていないかのような無表情が恵太を捉えていた。


 そして、言いたいことはそれだけだとでもいうかのように、固まっている恵太の横を素通りしてすたすたと出口へ歩き出してしまう。


 呆気に取られてそのまま見送りそうになってしまったが、慌てて声をかけて止めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


「何?」


「その、それだけでいいのか?」


 怒られるのを覚悟していた恵太にしてみれば、その淡白な対応は肩透かしもいいところだ。

 進んで怒られたいというわけではないが、何もなかったらなかったで罪悪感が残ってしまう。

 悪いのは百パーセント恵太なのだから、責められこそすれ、許されることはなんだかずるいことのような気がした。


「だって、俺のせいで怪我して、授業だって受けそびれたんだ。怒るのが普通だろ」


「どうして?」


「いや、だからそれは……」


 怒られるべき恵太が、怒るべき当人に対して、なぜ怒るのかを説明するという不可思議なやり取りが繰り広げられる。

 自分で説明していて何を言っているんだろうと頭が混乱してきた。


 恵太の説明を一通り聞き終えた女子生徒は、恵太が言葉を切るのを待ってからポツリと呟くように言った。


「あなたは私に怒ってほしいの?」


「そういうわけじゃないけど……」


「それなら私があなたを怒らないといけない理由はない」


「いや、だからそうじゃなくてだな。俺は加害者で、お前は被害者なんだ。怒るのが当然で、俺は怒られるのが当然だと思ってる。このままじゃお互いに不完全燃焼じゃないか?」


 怒られたいわけじゃない。

 ただ、恵太としては怒られたほうがすっきりするのはまちがいない。けじめみたいなものだ。


 そんな恵太の気持ちを知ってか知らずか、少しだけ考え込んだ後、得心が言ったという風に頷いた。


「つまり、あなたは私に怒られたいということでいいの?」


「違う違う違う。何もつまってないから。どこをどう解釈したらそういう答えに行きつくんだ。それじゃあまるで俺が怒られて喜ぶ変態みたいじゃないか」


 違うの?という風に小首を傾げられて、緊張で強張っていた体から力が抜けていくのがわかった。

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