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第五十五話

「ちょっと、何するつもり!?」


 玲奈が声を張り上げているが、説明している暇はなかった。


 来た道をすぐさま引き返す。

 恵太の思った通り、トラックは恵太を追うように急に進路を変える。

 それを見て、もう逃げるのは無意味だと思った。

 せめて他に被害が出ないようにと、誰もいない横断歩道の真ん中に立って、迫りくるトラックを真っ直ぐに見つめた。


 怖い。

 逃げ出してしまいたい。

 でもここで逃げたら、きっと大勢が巻き込まれてしまう。


 納得なんてしていない。

 どうして自分がこんな目に遭わなければいけないんだと、恨み節をこぼしたい気にもなる。


 でも、これが恵太のしてきたことに対する結果だというのなら、受け入れる他ない。


 ふと、いおりの顔が浮かんだ。

 こうなってしまったということは、きっと恵太はどこかで間違えたのだろう

 助けると大口を叩いておきながら、結局口だけになってしまった。


 せめていおりに一言だけでもいいから謝りたかった。

 それだけが心残りかもしれない。


 トラックに突っ込まれる経験はこれで三度目。

 どれだけ痛いのかも、どれだけ苦しいのかも、思い出したくもないが、全部わかっている。

 せめてひと思いにと、目を閉じた。


 だから、気付けなかった。


 何かが体にぶつかってきて、棒立ちしていた恵太は無抵抗のまま地面を転がる。


 顔を上げて、愕然とした。


 手を伸ばした状態で、いおりがそこに立っていたから。


 そして、理解する。


 あまねの言っていたことの、本当の意味を――。


 『音守いおりを救うんだ。そうすれば、キミは死ななくて済む』


 つまり、それは。


 恵太の代わりに、いおりが事故に遭うということ。


 本来死ぬはずだったいおりを恵太が助けることで、いおりが恵太を助けようとするから。


 だからあまねは言ったのだ。いおりを救えと――。


「なんだよ、それは……!」 


 いおりが死んだら意味がない。

 こんなことのために助けたんじゃない。

 いおりを身代わりにして助かっても嬉しくもなんともない。


 起き上がろうとする。


 足が動いてくれない。


 手を伸ばす。


 届きそうで届かない。


 トラックが迫ってくる。

 すぐそばまで来ている。

 あと数秒もしないうちにいおりを連れて行ってしまう。


 まだ何も始まっていない。


 いおりの人生はこれからなんだ。


 やっと生きたいって思えたのに。


 そんな満ち足りたような笑顔で終わらせていいはずがない。


 だから恵太は叫んだ。声が枯れるくらい大きな声で。


「忘れたのか、約束!破ったら、絶対に、絶対に許さないからな!だから、掴め音守!俺の手を掴めぇっ!」


 はっとした顔になると、いおりも恵太に手を伸ばしてくる。


 指先が触れる。


 なくなってもいいくらいの覚悟で腕を伸ばす。


 ごきっと嫌な音が体から聞こえた。

 でも今はそんなことはどうでもよかった。


 手を掴む。


 それを握って我武者羅に引っ張った。


 強い風が吹く。


 ごう、と聞いたこともない風の音を聞いた。


 顔のすぐ横で、タイヤが地面を轟かせる。


 でも、それも一瞬の事で、後には何の音も聞こえなくなった。


「……」


「……」


「……生きて、る?」


 身体が動かない。

 大の字に寝そべりながら、ただ真っ青に透き通った空を見上げていることしかできなかった。


 そんな恵太の顔に影が落ちる。


 晴れているはずなのに、雨粒が恵太の顔にぽつぽつと落ちてきた。


 泣きそうになるのを必死に堪えているその表情を見て、恵太の顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「なんで笑ってるんだよ」


「笑ってない」


「その顔で笑ってなかったら、お前はどうやって笑うんだ」


「知りたい?」


 そう言うと、いおりは恵太の耳に顔を寄せて、囁くように言った。


「まだ、教えてあげない」


「じゃあ長生きしないとな」


「私はそんなにいじわるじゃない。ちゃんと教える」


「本当に?」


「本当。だって私は、友達に嘘はつかないから」


 そう言って、いおりは心の底から嬉しそうな顔で、笑った。

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