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第五十二話

 部屋の窓ガラスがはじけ飛び、破片が中にまき散らされる。

 それと同時に、何人もの警察官が部屋の中に押し寄せてきた。

 混乱する男だったが、逃げ場がどこにもないことを悟ったのか抵抗せずあっという間に床に組み伏せられ、手錠をかけられるとそのままどこかへ連れていかれた。


 警察官の一人がいおりの手足の拘束を解いてくれて、優しい言葉を口にしながら肩に毛布をかけてくれた。

 そのすぐあとに遠くからサイレンの音が聞こえてきて、人が忙しなく部屋を出入りするようになる。


 いおりは、その一連の出来事をまるで他人事のように上の空で見ていることしかできなかった。


「大丈夫ですか、音守さん」


 いおりを現実に引き戻してくれたのは、そんな聞き覚えのある声。


 上着のポケットからハンカチを取り出すと、躊躇なくいおりの額から流れる血を拭ってくれる。


 呆然としたままのいおりに向けて笑顔を浮かべながら、櫻坂悠里は言った。


「申し訳ありませんでした。本当はもっと早く来るつもりだったのですが、説明やら手続きやらに時間がかかってしまいまして。でもよかったです、間に合って。もう少し遅かったらどうなっていたか」


「どうして……」


「私がここにいるのか、ですか?」


 相手の心を見透かしているような言動はいつもと同じ。

 でも、その声が今はどこか弾んでいるように感じた。


「お願いされたんですよ。とある方に、あなたに何かあったときは助けてほしいと。言葉を借りるなら、私の父は警察のお偉いさん、というものですからね。起きるか起きないかわからない事のために警察に動いてもらうには、私に頼むのが都合が良かったんでしょう」


 櫻坂が言っていることの半分は聞き逃してしまった。

 それよりもずっと、気になることがあったから。


「誰に……頼まれたの?」


 いおりの困惑する顔を見ながら、少しの間を置いて櫻坂は言った。


「明日葉さんです」


 その名前を聞いて、息が詰まる。

 胸が締め付けられたように苦しくなった。


 そんないおりを見て何かに気づいたように、櫻坂は顎に手を当てて考える仕草をする。

 そして悪戯を思いついた時のような顔で、楽しそうに言った。


「詳しいことは私にもわかりません。ただ、一つだけ確かなことがあるとすれば、明日葉さんはずっとあなたのことを心配していました。この私に、こんな意味の分からない滅茶苦茶な事を頼んでしまうくらいに。大切にされているんですね、音守さん」


 櫻坂は小さく笑うと、出口へ向かっていく。

 その背中に声をかけた。


「櫻坂さん」


「なんですか?」


「ありがとう。助けてくれて」


 いおりの言葉に驚いたような顔をしたが、すぐに余裕のある笑みを櫻坂は浮かべる。


「あなたにお礼を言われるような筋合いは、私にはないと思っていましたけど。それに、お礼なら私ではなく……」


「それでも、あなたが助けてくれたことは変わらない。だから、私はこうして生きていられる」


「……」


 いおりのその言葉を聞いて少しだけ黙り込んだ後、櫻坂は漏らすように息を吐いた。


「……居場所、見つけられたんですね」


「え?」


「いえ、なんでもありません。少し待っていてください。もうそろそろ救急車が到着する頃でしょうから」


 それだけを言い残して、櫻坂は部屋を出て行った。

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