第五話
恵太の通う蓬高校は家から歩いて三十分程度のところにある。
玲奈とのこともあって、辿り着くまでかなりゆったりとした歩調で歩いてきたため、余計に時間がかかってしまった。
だが、そのおかげか腕時計は二時限目の終了間際を指し示している。
授業の終わりを告げる鐘の音が鳴るのと同時に、学校の中からざわめきが聞こえ始めた。
二時限目の休み時間は少しだけ長めに取られているため、大抵の生徒は購買に出かけたり他クラスの生徒と雑談をしたりするのに使う。
目立たずにこっそり教室に入り込むのには都合がよかった。
正門は閉じられているためよじ登る必要があったが、誰かに見られるのはまずいので、正門からぐるっと半周して人目のない校舎裏に回り込む。
周囲に誰も居ないことを確認してから、恵太は教科書入りの鞄をコンクリートの塀の向こう側に投げ入れた。
「きゃっ」
軽くジャンプして塀の天辺に手をかけたところで、小さな悲鳴が聞こえてきた。
「え?」
嫌な予感が恵太の脳裏を過る。
侵入する場所は校舎裏の人が来ない場所を選んだつもりだった。
一応人の気配も確認したし、誰かが話しているような声も聞こえてはいなかった。
だというのに、恵太が鞄を投げ入れたタイミングで聞こえてくる悲鳴。
それが意味するところを想像して、心臓が大きく跳ねた。
恐る恐るよじ登って塀の向こう側を確認する。
そこには恵太が想像した最悪の光景が広がっていた。
一人の女子生徒が頭を抱えて地面に蹲っている。
そしてそのすぐ近くには恵太が投げた鞄。
中には数冊の教科書しか入っていないが、当たり所が悪ければ軽い怪我では済まない。
何が起きたのかなんて考えるまでもなかった。
急いで塀から飛び降り、女子生徒の元に向かう。
ネクタイの色からして恵太と同じ二年生。
肩まで伸びた髪で顔が隠れて見えないが、辛そうに呼吸を繰り返しているところからしてもとても無事であるとは思えなかった。
「大丈夫か!?」
恵太の言葉に頷いて返すが、当たり所が悪かったのかふらふらして立ち上がれないでいる。
迂闊な自分の行動に後悔の念が押し寄せてくる。
だが今はそんなことを言っている暇はない。
「保健室に行こう。歩けるか?」
そう声をかけるが、女子生徒は首を横に振った。
「大丈夫、だから」
「それだけ辛そうにしてるんだ、大丈夫なわけないだろ」
「いいから、放っておいて」
頑なに拒否され、恵太は手を引いてしまいそうになる。
恵太の行動に怒りを感じているのかと思った。
怪我をさせられた相手に助けられるのが嫌だという気持ちはなんとなくわかる。
自分がその立場だったら、相手に無理やり保健室へ連れて行かれそうになったらどの口が言うんだと思うかもしれない。
だが、放っていくことなんてできるわけがなかった。
まして、恵太が怪我をさせてしまったのだからなおさらに。
恵太はその場で頭を下げる。
「保健室に連れて行かせてくれ。頼む」
「……」
その時、初めて女子生徒が顔を上げて恵太を見た。
整った顔立ちの中にある潤んだ瞳に見つめられて、自責の念が襲いかかってくる。
だからといって逃げるわけにはいかず、真正面から受け止めた。
唇が何かを言おうとして小さく開いたが、少し吐息を漏らしただけで言葉が発せられることはなかった。
少しの間をおいて、小さく頷いてくれる。
「ありがとう。本当にごめん」
再度の謝罪を口にして、恵太は女子生徒の前に回って背中を差し出した。
肩を貸そうとも思ったが、とても自力で歩けるようには見えなかったからだ。
嫌がられるかとも思ったが、素直に恵太の背中に体を預けてくる。
その体はまるで空っぽな人形のように軽いものだった。




