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第四十九話

 恵太たちのしていたことは、騒ぎを聞き駆け付けてきた教師達に当然ながら知られることになった。

 こっぴどく叱られ、後日、関わった全員が反省文を提出するということでその日はお許しをもらった。


 最終的に学校を出たのは八時を回った頃で、さすがに遅くなりすぎたため、教師がタクシーを呼んでくれることになった。


 その帰りの車の中で、音守いおりは窓から流れていく景色を眺めていた。


 ちらりと隣に視線を送る。

 そこには不機嫌そうに眉を潜めている金髪の女子生徒、琴城寺玲奈の姿がある。

 玲奈もいおりと同じく窓に映る外の景色をなんとはなしに眺めているが、時折大きな欠伸をしていて、なんだか眠そうに見えた。


「何」


 じっと見てしまっていたからか、気付いた玲奈が棘のある声で聞いてくる。

 でも、これが彼女にとっての普通の対応で、別に怒っているというわけじゃないことは、一年生の時から知っている。


 だから、特に気にすることもなく、いおりは聞いた。


「琴城寺さんは、どこまで知っていたの?」


 何が、とは聞いてこなかった。

 玲奈の中で、いおりの言葉が意図することをなんとなく察していたからだろう。


 ぶっきらぼうに答える。


「何も知らない。知らないから、こんなにいらついてんでしょうが」


 その割には怒っているようには見えなかった。

 言葉にはしているものの、そこに怒りの感情は込められていないように思える。


 聞きたいことはたくさんあった。

 でも、その疑問に答えてくれる人は今ここにいない。


 あの後、意識を失った恵太を担任の教師が病院へと連れて行った。

 幸いなことに軽い脳震盪を起こしただけとのことで、そのまま家に連れて帰ると学校を出る間際に聞かされた。


 だからいおりが知りたいことの答えはわからない。

 玲奈も知らない以上知りようはなかった。


 会話がなくなり、前から聞こえてくるラジオの音がやけに大きく聞こえてくる。

 パーソナリティの人が曲をリクエストした人の名前を読み上げて、すぐに陽気なポップソングが流れ始めた。


 突然、玲奈がポツリと呟く。


「あんたは……どうすんの?」


 こちらを見ることもせずに玲奈は言った。


 さすがにその言葉だけで玲奈が何を聞こうとしているのかはわからなかった。

 元から言葉少なな人だとは思っていたし、事実これまでに交わした会話も一言か、多くて二言をやり取りするという簡素なものだったから、どう答えていいのかわからなかった。


 それでも、玲奈が話をしようと思ってくれていることが嬉しくて、でもどう返していいのかわからなくて、声にならない声が口から出ていく。


 そんないおりを、玲奈は怒るでも呆れるでもなく、ただ待ってくれていた。

 思い返せばいつもそうだった気がする。

 自分が口下手だから、いつも一言二言で終わってしまう。

 もっと話したいと思っても、結局何も言うことができなくなってしまう。

 それでも玲奈は、いおりに話しかけてきてくれていた。


 本当に優しい人だと思う。

 そう思うと、自然と言葉が出て行った。


「あなたと、友達になりたい」


「は?」


 とんでもないことを聞いたとでもいうかのように、窓の外にやっていた視線を一瞬でいおりに向ける玲奈。

 誰が見ても驚いているとわかるほど、その顔は呆気にとられていた。


「あ、いや、今のは別に嫌とかいう意味じゃなくて、ただ、あたしが聞いたのはそういうことじゃないっていうか……」


 自分の言葉がいおりを傷つけたとでも思ったのか、しどろもどろになりながら、しなくてもいい言い訳をしている。


 玲奈が聞きたかったことは、いおりが言ったようなことじゃなかったんだろう。


「ごめんなさい」


「違うから。謝るんじゃない」


 意味もなく両手をあちこちに振りながら必死になって否定する玲奈。

 その様子がなんだかとてもおかしく見えて、いおりは笑ってしまっていた。


 それを見て、玲奈はそっぽを向いて唇を尖らせる。


「笑うな」


「ごめんなさい」


「謝んな」


 ぴしゃりと言葉を遮る。


「そういうの面倒くさいのよ。あたしの友達になりたいっていうなら、変な気なんて使うな。わかった?」


 玲奈のその言葉に、胸が締め付けられるような思いだった。


 自分から友達になりたいなんて、これまで生きてきた中でたった一回しか口にしていない。

 その一回も、ほんの少し前に言ったばかりだけれど。

 友達が欲しいという気持ちよりも、拒否されるかもしれないという怖さのほうがずっと大きかったから、これまで言うことなんてできなかった。


 だから、玲奈の遠回しなその言葉が、とても嬉しかった。

 涙が出てしまうほどに。


「ちょ、ちょっと、なんで泣いてんのよ。やめてよ。あたしが泣かしたみたいじゃない」


「あなたに泣かされた。だからその言葉は間違ってない」


「違う。そんな気これっぽっちもないから。ああもう、やめろやめろやめろ!」


 そう言って、玲奈はポケットから出したハンカチを押し付けてくる。

 乱暴だけど優しい気遣いに、いおりはまた笑ってしまった。


 心に何かとてもあたたかいものが広がっていくのを感じる。

 これまで感じたことのないはずなのに、どこか懐かしくて、優しくて、嬉しくて、切ない。


 この気持ちを何と呼ぶのか、いおりは知らない。

 でも、いつかわかる日が来るのかもしれない。

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