第四十七話
考えていたことがある。
二度目の今日と、三度目の今日。
なぜいおりは家に帰らず、屋上に来たのか。
死にたいと思っているだけならば、わざわざ人目に付くようなこんな場所でなくてもいいはずだ。
じゃあどうして、なぜ屋上でなければいけなかったのか。
答えは一つしか思い浮かばなかった。
「本当は、誰かに助けてもらいたかったんじゃないのか?」
いおりの瞳が揺れた。
「……違う」
「誰かに死ぬなって言ってもらいたくて、ここに来たんじゃないのか?」
「違うっ!」
涙がいおりの頬を伝って足元に落ちた。
涙はとめどなく溢れ、ぽたぽた、ぽたぽたとその数を増やしていく。
それを拭うこともせずに、いおりはまくしたてるように言う。
「私にはもう生きる意味なんてない。誰もいない。お父さんも、お母さんもいない。私の周りには誰もいない。ずっとずっと一人で。今までも、これからも、ずっと……ずっと、一人だから。だから……!」
その後の言葉は続かなかった。
でも、言わなくても伝わってしまう。
だから恵太は否定する。
「それは違う」
「……」
「お前は一人じゃない。俺がいる。琴城寺もいる。相沢も、他の奴らだって、これから仲良くなれる。そうすればお前はもう一人じゃなくなる」
「そんなの、信じられるわけない……」
「だから、信じさせてやるんだ」
そう言って、恵太はいおりの身体を抱き寄せる。
いおりの身体は思った以上に小柄で、腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「何を……?」
音守の問いには答えずに、深く息を吸って、吐く。心を落ち着かせる。
視界を遮るものは何もない。
ただ真っ暗な闇だけが目の前に広がっていた。
恵太たちを呑み込もうと口を大きく開けている。
正直怖い。
死ぬほど怖い。
涙が出てくる。
息も上がってきた。
目の前にある明確な死という存在に、体も心もすべて凍り付いてしまう。
でも、やる。やると決めた。
何もできずにただ見ていることしかできなかった前回の自分。
何かできたはずなのに、何もしなかった自分。
あんな無力感はもう味わいたくない。
あんな後悔はもう二度としたくない。
言葉で言っても伝わらないのなら、行動で示すしかない。
今のいおりに信じてもらうには、恵太がどれだけ本気なのかを見せるしかない。
離さないようにといおりの身体を強く引き寄せる。
恵太が本気であることがわかったのか、いおりは懇願するように言った。
「やめて、お願いだから。あなたがこんなことする必要ない」
「なんだ音守、びびったのか?背中を押してほしいって言ったのはお前だろ?」
「そういう意味で言ったんじゃないっ!」
暴れたら落ちてしまいそうだからか、いおりは抗議の視線を送ってくることしかできない。
その瞳に大粒の涙が浮かぶ。
嗚咽の混じった声が胸のあたりから聞こえてくる。
「お願いだから……。私なんかのせいで、あなたまで死んじゃったら……」
「私なんか、なんて言うな」
「……」
「俺はお前のいいところをたくさん知ってるんだ。一緒に死んでもいいって思うくらい、俺はお前のことを大切だって思ってる。信じられないかもしれないけど、嘘じゃない」
その感情が何と呼ばれるものなのか薄々気付きつつも、今は見なかったことにして、恵太はいおりに笑いかける。
「だから俺はお前を助ける。でも、助けるのはこの世界からじゃない。お前の『死にたい』って気持ちからだ」
「私は……」
いおりが何か言う前に、恵太は叫んだ。
自分の中の勇気をふり絞るように。
いおりに、学校中に、世界中に聞こえるように、大声で叫んだ。
「光栄に思えよ音守!一緒に死んでくれる友達なんて、きっと世界中で探したって俺くらいなんだからなぁっ!」
「っ!?」
もう待ったはなしだ。
足を踏み出す。
下は見なかった。見たら気を失ってしまいそうだったから。
刹那の浮遊感の後、恵太といおりの身体は重力に従って落ちていく。
何も考えられない。考えている暇もない。
ただ、いおりの身体を離さないように強く抱きしめる。
今の恵太にできるのは、それだけだった。




