第四十二話
その様子を玲奈は呆然と眺めていたが、すぐに気を取り直すといおりに駆け寄ろうとする。
いおりはその場に座り込んでいた。
酷く疲れた様子でぐったりしている。
そんないおりに玲奈は声をかけようとしたが、言葉が出ていかない。
伸ばされた手はあてどなく宙をさ迷っている。
いおりが今こうしてボロボロになっているのは自分のせい。
そんな想いがあるから、いおりにどんな言葉をかけていいのかわからないのだろう。
結局玲奈はいおりから離れようとした。
その手を取って止める。
憎々し気な玲奈の瞳が恵太を睨みつけるが、いつものような怖さはまるでなかった。
「……わかってるっつの」
そうぼやくように言うと、玲奈はいおりに近寄る。
恵太は玲奈と賭けをしていた。
登校する前、交差点で玲奈と話した時にしたものだ。
内容は、恵太が校舎裏に来る人物の名前と時間を正確に言い当てられるかというもの。
吹っ掛けたのは恵太だ。
絶対に当てることなんて出来ないと思ったのか、以外にも玲奈は賭けを受けてくれた。
玲奈が勝ったときの条件は、恵太は二度と玲奈の視界に入らないこと。
そして恵太が勝った時の条件は、玲奈が音守から絶対に逃げないこと。
賭けは恵太の勝ちだった。
だから玲奈はいおりから逃げることはできない。
反故にすることも当然できるが、玲奈がそういう人間じゃないことを恵太は知っている。
玲奈は諦めたようにふっと肩の力を抜くと、ふらふらと今にも倒れてしまいそうないおりの身体を優しく抱きとめた。
「あんた、何なのよ」
素っ気ない言葉。
玲奈の声は少しだけ震えていた。
「何がしたいわけ?大して関わりもないあたしなんかのために、こんなになってさ」
「……ごめんなさい」
掠れた小さな声だったが、すぐ近くの玲奈にはちゃんと聞こえたようだった。
「ようやく喋ったと思ったらそれ?」
「……ごめんなさい」
「なんで、あんたが謝んのよ」
「迷惑を、かけてしまったから……」
「意味わかんないんだけど。あんたがいつあたしに迷惑かけたってのよ。そんなのは……」
玲奈の言葉を遮るように、いおりはゆっくりと首を振る。
そして支えている玲奈の手に自分の手を重ねて、優しい声で言った。
「嬉しかったの」
「……何が」
「毎日、私に話しかけてくれたこと。本当に、嬉しかったから」
その言葉を聞いて、玲奈は息を呑んだ。
なぜいおりは自らいじめを受けてまで玲奈を助けようと思ったのか。
その理由が、たった一言の短い言葉の中に全て込められていた。
きっと玲奈にとってはなんてことないことだったのだろう。
それこそ、そんなことでと思ってしまうような単純な事。
ただ、そのなんてことないことがいおりにはとても大きなことだった。
それに気づくことさえできれば、きっともっと早くこの二人はわかりあえたのかもしれない。
でも、今それを言うのは無粋なだけだろう。
「わかりにくすぎんのよ、あんたは……」
友達なんて呼べる関係じゃなかった。
いつかの玲奈は、そう言っていた。
でもそれは大きな間違いだ。
お互いの事をこんなに想っている二人が友達じゃないなんてこと、あるわけがないんだから。
それからほんの少しの間、いおりと玲奈は言葉を交わしていた。
保健室へ連れて行く間も、一問一答みたいな形ではあったが、二人の会話が途切れることはなかった。




