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第四十話

 朝の通学路……といっても学生の姿はほとんどない、遅刻確定の時間帯。


 風に揺れる金髪を見つけて、恵太は声をかけた。


「おはよう。琴城寺も遅刻か?」


 声の主が恵太だとわかるなり、玲奈はいつものように不機嫌さを隠そうともせずに、鋭い視線で睨みつけてくる。


「……」


 恵太を一瞥した後、何も言わずに正面に視線を戻す。

 わかってはいたことだが、恵太の知っている玲奈はもうここにはいない。

 そこに一抹の寂しさを感じてしまうが、ぐっとこらえる。


 この後玲奈はたっぷり時間をとってから、全く優しくない言葉を返してくるはずだ。

 だから、玲奈が返事を返してくる前に、恵太は言葉を続けた。

 突拍子もない、でも、玲奈にとって絶対に無視のできない言葉を。


「音守は今日死ぬつもりだ」


 玲奈にしてみれば寝耳に水もいいところだっただろう。

 話したことすらない恵太が、玲奈が抱えている問題に対しての核心につながるようなことを突然口走ったのだから。


 案の定、再び恵太を見た玲奈の表情には隠しきれない動揺が広がっていた。


「放っておけば手遅れになる。どうにかするなら今日しかない。だから……」


 玲奈の腕が伸びてきたかと思うと、胸倉を掴まれて近くにあった電話ボックスに勢いよく叩きつけられる。

 大きな音が響き、周囲にざわめきが広がった。


 だが、周りの視線など気にした様子もなく、純粋な怒りを隠そうともしない玲奈は、威圧感のある声を恵太に向けた。


「ふざけてんの?」


「ふざけてなんかない。それはお前が一番よくわかってるだろ」


 わからないはずがない。

 玲奈が、いおりのためにずっと悩んで、ずっと苦しんできたのを恵太は知っている。

 そして、それをどうにかしたいという思いが玲奈の中にあることも。


「……っ」

 声にならない声を上げて、玲奈が拳を振り上げる。

 一発くらいもらう覚悟はしていた。

 今恵太がしていることは、玲奈の心の中にずけずけと土足で入り込んで足跡をつけているようなものだから。


 それでも、いおりを救うために玲奈にはやってもらわなければならないことがある。

 そして、それは今を逃せばもうチャンスは巡ってこない。


 玲奈の振り上げた拳は、宙に浮いたまま静止していた。

 だがそれもほんの少しのことで、すぐに力なく下ろされる。

 掴んでいたはずの恵太の胸倉もいつの間にか緩んでいた。


 そして、ぽつりと呟きが漏れる。


「何なのよ、あんた」


「俺は音守を助けたいんだ。だから、お前にも協力してほしい。頼む」


 そう言って恵太は深く頭を下げた。


 一方的なのはわかっている。

 一方的だし、唐突すぎる。

 玲奈が答えてくれるかどうかなんてわからなかった。

 今の玲奈は、恵太のことを何一つ知らない。

 前回恵太の事を助けてくれた玲奈はもういない。

 だから、頭のおかしい奴だと切り捨てられても、知ったことじゃないと無碍にされても文句は言えない。


 でも、恵太の知る……恵太が知ることのできた玲奈なら答えてくれるんじゃないかと、そう思った。


 少しの間をおいて、玲奈は諦めたように肩を落とした。


「……聞かせなさい、あんたの話」

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