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第四話

「あのー、琴条寺さん?」


「……」


 玲奈は何も言わずに恵太を睨みつけていたが、ふいっと顔を背けてまたさっきと同じように前を向いてしまう。


 勇気を出して投げた会話のキャッチボールは恵太が一方的に投げただけで終わってしまったらしい。

 それを拾いなおしてもう一度投げる勇気はなかったので、その後は恵太も無言になって信号が青になるのを待った。


 こんな時だからそう思ってしまうのか、やたらと信号機が長く感じる。

 玲奈との間に流れている沈黙という見えざる刃がチクチクと恵太の心を攻撃してきていた。

 おそらく、というかほぼ間違いなくそう思っているのは恵太だけだろうが、今すぐにでも飛び出してしまいたくなるような居心地の悪さが二人の間に横たわっていた。


 いつの間にか怜奈の足元に張り付いて八の字に歩く猫の姿を眺めて気を紛らわせていると、ぼそっとした声が聞こえてきた。


「あたしが遅刻だったらあんたになんか不都合でもあんの?」


 それが玲奈のものだと気づくのに若干時間がかかった。

 慌てて返事を返す。


「別に悪いことなんてない。ただまぁ、授業をやってる教室の中に一人で入らなくてよかったくらいには思ってるかもな」


「は?」


 圧の篭った返事に自然と背筋がぴんと伸びる。

 一瞬にして背中に変な汗が浮かぶのがわかった。


「なんであたしがあんたと一緒に行かなきゃなんないわけ?」


 怜奈がそっけなく言い放つと同時に信号が赤から青に変わる。


 恵太が言葉を返す前に玲奈はさっさと歩き出していた。

 足早に横断歩道を渡りきると、立ち止まっていた恵太を一度だけ睨みつけてから、学校がある方とは逆の方向へと向かっていく。

 どうやら授業をさぼることにしたらしい。


 恵太はその姿を呆然と見送ることしかできなかった。


 何か玲奈にとって許せないことを言ってしまったのはわかる。

 だが、どうしてあそこまで怒らせてしまったのかはわからなかった。

 照れていただけだ、なんて可愛い理由で済ませられるほど、玲奈の瞳も言葉も声音も優しくはなかった。

 全てを拒絶するような、触れば骨にまで突き刺さってしまう針のような鋭さを持った言葉を受けて、恵太はしばらく呆然としてしまった。


 信号が点滅を始める。

 今から走っても横断歩道の中腹ほどで赤になってしまうだろう。

 仕方なく次の青信号を待つことにした。


 朝から変な夢は見るし、クラスメイトには理不尽に怒られるし、今日はいいことがありそうな気がしない。


「やっぱり帰ろうかな……」


 恵太の周りをうろついていた猫も、いつの間にかいなくなっていた。

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