第三十八話
いつ、どうやって帰ったのかは覚えていない。
ただ、気がついたときには自分の部屋のベッドの上で電気のついたままの天井をぼうっと眺めていた。
時計を確認してみると、いつの間にか夜は明けており、登校しなければならない時間となっていた。
とても学校へ行くような気分ではなかったが、日頃の習慣のせいか、ほぼ無意識のうちに着替えを済ませていた。
朝食も満足に取らないまま、玄関の扉を開け、学校へと向かう。
意識がはっきりしていなかった。
うだるような熱さがあるわけでもないのに、真夏の炎天下に立たされているようにぼうっとした気分になる。
視界がぼやけ、体も思うように動かない。
道行く人が恵太の様子を心配して声をかけてくれたような気もしたが、自分がどう答えたのかわからなかった。
通い慣れた通学路が果てしなく長く感じる。
ともすれば永遠に着かないんじゃないかとさえ思えた。
立ち止まり空を見上げる。
止まっていると考えてしまう。
あっという間に思考がそれ一色に染められていく。
何百、何千と自分自身に問いかけた言葉――。
いおりは、救われたのだろうか。
本当にこの世界には自分の生きる意味は何もないと、そう思っていたのだろうか。
少しの楽しさも、喜びも、悲しみも、怒りも、何も感じることはなかったんだろうか。
いおりの瞳に映っていた世界には、本当に何もなかったのだろうか。
考えたところでわかるわけもないのに、そんな疑問が次から次へと頭に浮かんでは消えていく。
もうどうにもできないことのはずなのに、いおりが離れていく瞬間のあの涙が目に焼きついて離れてくれない。
救われるといって、どうしてあの時、あの瞬間だけ、あんなに悲しそうな顔をしていたんだろう。
それはいおりも意識していないほどの心の奥底で、ほんの少しでも生きていたいという想いがあったからじゃないのか。
この世界に、自分がいてもいいんだって思えるような何かがあったからなんじゃないのか――。
どこからか悲鳴のようなものがあがった。
周りにいた人々が一斉に駆け出す中、反応の遅れた恵太だけがその場に取り残される。
横断歩道の丁度真ん中。信号は青だった。
瞬きをする度に急速に大きくなっていく車の影。
でも、恵太の体は何かに縛りつけられたように一歩も動きはしなかった。
まるでそれが運命だとでもいうように。
そうして恵太は理解する。
いおりは救われてなんかいなかったのだと。
一瞬の衝撃と共に、恵太の意識は暗い闇の中へと落ちて行った。




