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第三十六話

 玲奈の背中を見送ってから、下駄箱に背を預けて座る。

 ここでしばらく待っていればいおりがくるはずだ。

 そう思っていたのだが、五分、十分と待ってもいおりが来る様子はない。


 そして二十分程経った頃。


「何をしてるんだ明日葉。早く帰りなさい」


 そう声をかけてきたのは担任だった。

 戸締りのための見回りをしている最中らしく、昇降口の鍵を閉めに来たようだ。

 いおりを待っていることを伝えると、担任は訝し気な表情を浮かべた。


「教室の戸締りは全部してきた。だから残っている生徒はお前が最後だ」


 そんなはずはない。

 玲奈はずっとここにいたといっていた。

 まさかいおりを見逃すことはないだろう。


 その瞬間、妙な胸騒ぎが体の中を駆け巡る。

 いおりの靴箱を調べると外履きはまだ置いてあった。

 靴があるということは、いおりはまだ帰っていないということだ。

 まさか上履きのまま帰るほどずぼらではないだろう。


 気付けば持っていたものをその場に投げ出して走り出していた。


 階段を二段飛ばしで駆け上がり、二年四組の教室に向かう。

 扉を開こうとするが、施錠してあって中に入ることは出来ない。

 窓から覗いてみるが誰もいない。


 そのまま他の教室も見て回る。

 どこも施錠されているため窓越しに確認するしかなかったが、いおりの姿はやはり見当たらない。

 他のフロアも同様に見て回ったが同じだった。


 残るは旧校舎と体育館だが、普段はどちらも施錠されていて教師の許可がなければ入ることができない。

 そうなると、考えられる場所はもう一つしか残っていない。


 階段を駆け上り最上階へ向かう。


 昼休みに玲奈と屋上から出た時、間違いなく鍵はかけた。

 そのはずなのに、開いている。

 嫌な想像が恵太の中で急速に膨らんでいく。


 扉のドアノブに手をかけると、何の抵抗もなく扉は開いた。

 途端に肌寒い風が吹き込んできて、恵太の全身を撫でる。

 外は夜の様相を呈しており、当然照明などあるはずもないので、月明かりだけがなんとか視界を保ってくれていた。


 そして、見つけた。


 意外とすぐに見つかったことに安堵し、近付こうとしてすぐに恵太は足を止めた。

 止めるしかなかった。

 恵太の想像が、最悪な形で目の前に広がっていたから……。


 いおりは立っていた。

 屋上の柵の、その先に。


 あと一歩でも足を踏み出せば真っ逆さまに転落してしまうであろう危険な場所に、怯えることも臆することもなく真っ直ぐに前を向いて立っていた。

 あまりにも堂々とした立ち姿にその先に地面があるんじゃないかと錯覚してしまうが、当然そんなわけはない。

 落ちれば即死の高さ。

 両手の指を柵に引っ掛けてはいるが、それが外れればどうなるかなんて言うまでもない。


 瞬時に状況が飲み込めず言葉が出なかった。

 すぐにでも止めなければと頭では理解しているのに口が開かない。


 物音に気付いたいおりは一瞬だけ振り返って恵太を見るが、すぐに興味をなくしたようにまた前を向いてしまう。

 今にも飛び出してしまいそうな雰囲気に、やっとのことで声をあげた。


「何してるんだ音守!やめろ!」


 その声は聞こえていただろうが、いおりは微動だにしない。

 なんで、どうしてという言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 いおりは今、間違いなく自ら命を絶とうとしている。

 その理由が恵太にはわからない。


「俺のせい、なのか?俺が勝手にいじめを解決しようとしたから……?」


 口から勝手に言葉が漏れていく。

 それが嫌だったというのなら、いじめから助けてもらいたくなかったというのなら、いおりは一体何から救い出してほしかったというのだろう。

 考えても考えても答えにはたどり着けない。


 わからない。

 いおりが何を考えているのか、何をしたいのか、どうしてほしいのか。


 ただ一つわかることがあるとすれば、いおりは救われていないということだけ。

 今もなお、死にたいと思っているという事実だけだ。


「あなたはどうして自分が生きているのか、知ってる?」


 いおりが呟くように言葉を発する。

 小さい声のはずなのに、恵太にははっきりと届いていた。


 なぞかけではない。単純な質問。

 でも、ただ時が流れるままに生きてきた恵太にとって、いおりの質問に答えることはできそうになかった。


「わからない。お前は知ってるのか」


 いおりはすぐには答えなかった。

 答えを考えているというわけではない。

 言うかどうか迷っている。

 そんな風に見えた。

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