第三十四話
結果から言えば、櫻坂たちのいじめは学校側に認められることになった。
恵太の話を聞いた教師は初めは半信半疑だったが、携帯に収められた動画の存在に疑う余地はどこにもなかった。
それから少し経って、恵太を含めた当事者達は生徒指導室に一人ずつ呼び出され、それぞれの担任と、学年主任に事情を聞かれることになった。
櫻坂たちがどんなことを教師に話したのかはわからない。
ただ、揉めることがなかったということは、素直に認めたということなのかもしれない。
他の三人ならいざ知らず、櫻坂がありのままを正直に話すとは思えなかったが、櫻坂が何を言ったのかまでは恵太が知ることはできなかった。
「何辛気臭い顔してんのよ。ただでさえ気分悪いってのに、余計悪くなるからやめてくんない?」
夕暮れ時の誰もいなくなった二年四組の教室。
自分の席に座ってぼうっとしていると、玲奈が辛辣な言葉を投げかけてくる。
答える気にもならず視線だけを玲奈にやると、行儀悪く教卓に座って足をプラプラさせながら、屋上の時と同じように棒付きの飴玉を頬張っている。
「お昼以外の校内での飲食は禁止だってさっきも言っただろ」
「もう放課後なんだから校則なんてないようなもんでしょ」
「お前な……」
おそらく校則があろうがなかろうが、この不良少女はそもそも守る気なんてないのだろう。
指摘することすら面倒になって、恵太は机に突っ伏す。
今、生徒指導室では今回の事件の最後の当事者……いおりが教師に話を聞かれているところだった。
いおりは前回とほとんど同じ時間に目を覚ました。
目を覚ますなり担任に事情を説明され、体調も戻っていたためそのままの生徒指導室へと向かうことになったのだ。
恵太と玲奈は、いおりが返ってくるのを待っているところだった。
「だからその顔やめろって言ってんでしょ。気持ち悪い」
「さすがに辛辣過ぎない?お前そんなにずけずけと言ってくる奴だったっけ?」
恵太の勝手なイメージだが、玲奈は無視がデフォルトで、返ってきたとしても「は?」とか、「意味わかんないんだけど」とか「死ね」とか、そういった短い言葉だけだと思っていた。
だが、今の玲奈の言葉は遠慮がないというか、相手がどう思うのかなんて何一つ考えてくれていない。
多少仲良くなれたということなのかもしれないが、その分心のダメージが大きくなってしまったような気がする。
そんな恵太の言葉すら無視して、玲奈は退屈そうに飴玉を転がしながら喋る。
「考えたって仕方ないでしょ。やっちゃったもんはどうしようもないんだから。別に間違ったことなんて一つもしてないんだし、勝手にしたことは帰ってきたら謝ればいいのよ」
玲奈の言う通りなのだが、いおりがこのことに対してどう考えているのかが全く分からない。
だからこそ怖い。
そして、恵太にはもう一つの不安がある。
いおりはこれで救われたのだろうかという不安だ。
結果から見れば、櫻坂はいおりから手を引き、玲奈が何かされたわけでもなく、恵太も今のところ被害は被っていない。
ほぼほぼ思いどおりに事が進んだ結果。
でも、いおりの口から今回のことについてどう思っているのかを直接聞いたわけではない。
だからこそ、もし救われていなかったらと考えると不安が押し寄せてくる。
いおりを救わなければ恵太にも明日はやってこない。
一度死んで、あまねの言っていたことが本当だと知って、死ぬことの怖さを、恐ろしさを経験した。
あの命が消えていく感覚はもう二度と味わいたくなかった。
「ちょっと、どうしたのよ」
いつの間にか閉じていた目を開けると、玲奈が顔を覗き込んでいた。
知らぬ間に握り締めていた手が震えていた。
それを見て心配してくれたらしい。
いきなり目を閉じて体を震えさせ始めたら誰でも驚くだろう。
袖で額を拭うと、びっしょりと汗で濡れていた。
どうやら自分で思っているよりも不安を感じているらしい。
「あんたに聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「どうして音守が死にたいって考えてるって思ったわけ?」
屋上でしてきた質問と同じ。
でも、一度死んでいおりの死を目の当たりにしてきたから、なんて説明できない。
再びだんまりになってしまった恵太をいぶかしげに見て、玲奈は言葉を続けた。
「もしかしたら、そうなんじゃないかって思ったときもある」
「……」
「あいつ、全然笑わないし、いつも本読んでるだけだし、毎日つまんなそうにしてるでしょ。だから、あんたに音守の話を聞いた時、ちょっと怖くなった」
自分の代わりにいじめをうけているせいで、死にたいと思っているんじゃないか。
そういう怖さのことを、玲奈は言っているのだろう。
そして、その想いがあったからこそ、玲奈は自分を犠牲にしてまで助けようとした。
「なんにしても、悪いことなんてしてないんだから、顔上げてなさい」
その言葉を聞いて、ふと気づく。
「もしかして、さっきから元気づけようとしてたのか?」
気持ち悪いだとか辛気臭いだとか、恵太をけなしているように見えた言葉が実は照れ隠しだったんじゃないかと思ったが、
「んなわけないでしょ。調子乗んな馬鹿」
当然そんなことはなかったらしい。
虫を見るような目で玲奈に睨みつけられ、恵太の儚い望みは露と消えた。
教室に取り付けてある時計を見ると、丁度五時半を指すところだった。
飴の消えた棒をごみ箱に投げ入れると、玲奈は身軽に教卓から下りる。
「帰るのか?」
いおりが生徒指導室に入ってからおよそ二十分が経過しようとしている。
時間的にもそろそろ帰ってくる頃だろう。
しばらく待っていたのだからもう少し待っていればいいと思って声をかけたのだが、玲奈は首を振った。
「話したいことはあるけど、あたしは別に明日でもいいし。あんたは?」
「俺は音守が帰ってくるまで待ってるよ」
「あ、そ」
そう言ってペラペラの鞄を掴むと、玲奈は振り返りもせずに教室を出て行った。
玲奈のいなくなった教室はやたら広く感じた。
ふと、一番後ろの席を見る。
いおりの机には、鞄や、今日配られたプリント類が無造作に積み上げられていた。
いおりが帰ってきたら何を話そう。
怒られるだろうか。
それともまた無視されるだけだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にか目を閉じてしまっていた。




