第三十二話
「あんたに話をしたのは別に同情してもらうためでも助けてもらうためでもない。巻き込んだあんたに対するあたしなりのけじめよ。あたしはあたしのやるべきことをやるだけ。邪魔しないで」
「でもお前、何も悪いことしてないじゃないか」
「はぁ?」
玲奈は心底呆れたような声を出す。
何か言い返される前に、言葉を重ねた。
「悪いのは櫻坂だ。なんで何もしてないお前がそんな罰みたいなことやらされなきゃならないんだよ。そんなのおかしいだろ」
「あんたねぇ……」
玲奈の言いたいことはわかる。
自分が玲奈の立場だったなら、自分の力だけでどうにかしたいと思うだろう。
誰にも迷惑をかけないで片付けられるのならそうしたいと思う。
確かに玲奈の問題なのかもしれない。
でも、だからといっていおりの気持ちや恵太の気持ちを玲奈がないがしろにしていいわけじゃない。
いおりが玲奈を助けようとしたのは、きっと純粋な優しさからだ。
それをしようと思ったのはいおりの意思だったはずだ。
そして恵太も、このまま玲奈をいかせたくないと思っている。思ってしまっている。
その時点で、もう無関係なんかじゃない。
そもそも大前提として間違っているのだ。恵太も玲奈も、そしていおりも。
少なくとも恵太と玲奈は今、同じ方向を向いている。
やり方は違うかもしれないが、いおりを助けたいという思いは共通しているはずなのだ。
バラバラに物事を考えて、個々でそれを実行しなきゃならない理由はない。
「いじめをやめさせるっていう点で言えば、一番被害が少ないのは俺がこの動画を元に櫻坂のやっていることを告発することだ。お前が櫻坂に暴力を振るえば退学になるかもしれないけど、俺の場合はせいぜい停学と、学校中から白い目で見られるくらいで済む」
「そういう問題じゃない。そもそもあんたには関係ないって言ってんでしょ」
「そうやってなんでもかんでも押し付けるなよ。これは俺の意思でやろうとしてることで、お前のためじゃない。お前の言葉で言うなら、俺は俺のやるべきことをやるだけなんだから」
当然玲奈は納得しない。
それじゃあ筋が通らないと言いたげに苛立ちを募らせる。
そんな玲奈を見て、なんだか嬉しく思っている自分がいた。
櫻坂と話して落ち込んでいた気持ちもいつの間にか軽くなっている。
思えば誰かに相談するなんて思いもしなかった。
偶然だったかもしれないが、玲奈に聞いてもらえたおかげで心が軽くなった。
「お前、いい奴だな」
「何、いきなり」
「さっきよく知りもしない音守のことを助けようとしてるのはなんでだって俺に聞いたけど、今のお前も、よく知りもしない俺のことを助けようとしてくれてるだろ。そういう人間を、いい奴っていうんじゃないのか」
「そんなわけないでしょ。勘違いすんな気持ち悪い」
「じゃあ放っておけよ。俺は俺が勝手にやったことで罰を受けるだけだ。でも、俺がそうする前に止めようとするんだろ?」
玲奈は何も言わない。
それが答えのようなものだった。
「それに、何も無策で飛び込もうなんて思ってない。一つだけ、誰も何も失わないでやれる方法があるんだ」
「……何よ」
「お前が俺の友達になってくれればいい」
恵太の言葉に玲奈は困惑した表情を浮かべた。
「一人ぼっちになったあんたを甲斐甲斐しく世話しろって?」
「お前は友達を何だと思ってんだ」
「知るわけないでしょ。いたことないんだから」
言ってからしまったというような顔をしたが、口に出してしまったあとではもう遅い。
今までで一番不機嫌そうな顔をして、玲奈は顔を背けた。
「笑うな。ぶん殴られたいの?」
「そりゃ不良のお前が真面目な顔して友達いないなんて豪語してたら笑わないわけにはいかなっ……」
突然鳩尾に鋭い衝撃が走る。
いつの間にか玲奈の拳が恵太の鳩尾あたりにめり込んでいた。
あまりの痛みにその場で悶絶する。
「殴るって言ってから殴ったんだから文句なんて言うんじゃないわよ」
「た、確かに、そう、だけど……」
まさかノーモーションで打ち込んでくるとは思わないだろう。
完全にそういう心得のある人間の動きだった。
消えないダメージに何とか耐えながらよろよろと立ち上がると話を元に戻す。
「お前が音守にしていたようなことでいいんだ。朝に挨拶するとか、帰り際に一声かけるとか、それだけでも救われることだってある。音守もお前が声をかけてきてくれることをどこかで嬉しいと思ってたんじゃないか?だからお前を助けたいと思ったんだよ、きっと」
「……そんなの」
何かを言いかけて、結局玲奈はその言葉を飲み込んだ。
どこかに思うところがあったのかもしれない。
「まぁ正直に言えば俺もお前のこと馬鹿にできないけどな。相沢くらいしか話す奴いないし。正直、噂が広がったところで今とほとんど変わらないと思う」
もしそうなったとしても、相沢なら今と変わらずに恵太に接してくれるだろう。
「それに、不良で有名な琴城寺さんの友達に迂闊に手を出そうとする奴なんていないだろ」
「知るか馬鹿」
だが、恵太の言った軽口の真意は伝わったらしく、玲奈は素っ気なくそう零すだけだった。
「やめろって言ってもやるんでしょ」
恵太が頷くと、玲奈は大きなため息を吐く。
「音守も相当だけど、あんたも十分、頭おかしい」
そして、どうしようもない奴を見るような顔をして、玲奈は微笑んだ。




