第三十一話
玲奈の代わりに自分がいじめを受け続ければ、その間は玲奈に対して櫻坂が危害を加えることはない。
いおりのいじめをやめさせるということは、櫻坂が再び玲奈に嫌がらせを始めるということ。
それをいおりは望んでいない。
だから自分からいじめを受け続けている。
「頭おかしいのよ、あいつ。せっかく助かったってのに、たいして話もしないあたしみたいな奴のために、また自分からいじめられにいくなんて。どうかしてると思うでしょ」
確かにどうかしている。
いじめられていい気分でいられる奴なんているわけがない。
それはきっといおりも同じはずなのに、それでもいおりは玲奈のために自らをいじめの標的にしてくれと頼んだのだから。
「当然そんな馬鹿げたことやめろって言ったけど、あいつ、話を聞くどころかあたしのこと全部無視すんのよ。あたしが関わろうとしなくなった当てつけみたいに、ぺらぺら本ばっか読んでさ。話しかけてるこっちが馬鹿みたいだった」
その光景が容易に目に浮かぶ。
今朝話した時のいおりは、まさにそんな感じだったから。
「そうなったらもう何も出来なかった。教師に訴えても音守が否定するから全部有耶無耶になる。そもそも、あたしはこんなんだから、誰も聞く耳を持ってくれなかった。何より、音守が望んでいないことを続けても意味がないと思った。だから、あたしは……」
そこで玲奈は言葉を切った。
言わなくてもわかる。
玲奈は、玲奈なりにいおりの気持ちを汲んだということなんだろう。
悔しさを押し殺して。
どうして玲奈がさっきあれほどの怒りを見せたのかなんとなくわかった気がした。
玲奈は責任を感じているのだ。
いおりがいじめられているのは自分のせいだから。
そしてその思いがあるから、恵太が言った音守が死ぬつもりだなんて言葉を聞き流すことができなかった。
校舎裏でいじめの現場を目撃した時に玲奈が止めてきたのもそういう思いがあったからなのかもしれない。
あそこで止めれば、いおりの想いを踏みにじることにしかならないとわかっていたから、玲奈は恵太を止めたのだ。
「あたしが話せることは、これで全部」
「だから手を出すなって言いたいのか?」
「違う」
言い終えると、玲奈はもたれかかっていた柵から体を離す。
「あたしはずっと音守に……音守の優しさに甘えてた。音守が望んだことだからなんて調子のいい理由をつけて。でも、いつまでもこのままでいいわけない。いいわけなかった。癪だけど、あんたに気付かされた。もしも音守に最悪の事が起こったら、きっとあたしはあたしを一生許せない」
そう言って玲奈は出口へ向かって歩き出す。
「どこに行くつもりだ」
「あんたはもう何もしなくていい。あたしの不始末は、あたしが片付けるから」
「櫻坂と話をつけるってことか?でも……」
櫻坂には響かない。
玲奈の苦しむ姿を見たいと思っているような奴が、はいわかりましたといって素直に従うとは思えない。
むしろ苦しむ玲奈の姿に嬉々とした表情を浮かべるだけのような気がする。
「わかってるわよ。話をしに行くだけ無駄だってことくらい。だから、むかつくけど、あいつが一番望んでることをやってやる。ぶん殴って、大泣きさせてやる」
不良の玲奈が、優等生の櫻坂を殴る。そんなことをすれば停学か、最悪退学だってありうる。
櫻坂がそんな機会を逃すはずがない。それほどまでに玲奈を嫌っているのであれば、必ず退学に持っていくように仕向けるだろう。それくらいのことを櫻坂は出来てしまう。
櫻坂の両親も黙ってはいない。
そうなれば学校も庇いきれなくなる。
加えて玲奈は不良として名が通っている。
退学させたところで不思議に思う人間はいない――。
それらすべてをわかったうえで、玲奈はそうすると言っているのだ。
「ちょっと待て」
玲奈をこのままいかせるわけにはいかない。
「そんなことする必要ない。俺が持ってるいじめの動画を学校に見せれば済むんだから」
「弱み握られてんじゃないの、あんたは」
玲奈の指摘に心臓が跳ねた。
「櫻坂がわざわざあんたを女子更衣室に呼んでまですることなんて大体検討つくわよ。どうせ入るとこの動画でも撮られたんでしょ?」
呆れたようにため息をついて、玲奈はポケットから小さなカメラを取り出した。
「木の枝に着けられてた。丁度更衣室の入り口を映すような角度でね。まぁ、撮られた後でこんなものを見つけたってどうしようもないけど」
櫻坂が仕掛けたもので間違いないだろう。
そして玲奈の言う通り、櫻坂の携帯には既にカメラで撮影された動画が転送されていたので今更壊しても意味はない。
「女子更衣室に忍び込んだ男子がどんな扱いされるかくらいわかるでしょ。これから先灰色の学校生活を送りたいわけ?音守だけで手一杯だってのに、あんたにまで無駄な貸しを作りたくない。これはあたしの問題なのよ。あんたには関係ない」
元を辿れば、これは玲奈と櫻坂、二人の問題だ。
恵太の目的はいおりを救うこと。
玲奈が櫻坂と話を付ければいじめはなくなるだろう。
そうすればいおりが死ぬこともなくなるはず。
でも、それでいいのかと自分に問いかけた時、頷くことなんてできなかった。




