第三十話
「何適当なこと言ってんの?」
「ふざけてなんかない。大体、どうしてお前がそんなに怒るんだ」
恵太の言葉に玲奈は言葉を詰まらせる。
その顔には苦悶にも似たものが浮かんでいた。
しばらくすると恵太の胸倉を掴んでいた力が弱まっていく。
乱暴に手を離すと、玲奈は二歩、三歩と恵太から離れていった。
「……なんで、音守が死のうとしてるなんてあんたにわかんのよ」
玲奈にしてみれば突然そんなことを言われても信じられないだろう。
それでも本当に起きることなのだ。
何もしなければいおりは自分の命を絶ってしまう。
それも、今日のうちに。
「……それは、教えられない。でも、頼む琴城寺。知っていることがあるなら教えてくれ。この通りだ」
そう言って、恵太は玲奈に頭を下げた。
玲奈に恵太の知っていることを話すことはできない。
だからせめて誠意だけでも伝わればいいと思って、深く、深く下げた。
数秒か、はたまた数分か。
しばらくそうしていたと思う。
玲奈は何も言わない。
呆れてどこかに行ってしまったんじゃないかと思うほど二人を取り巻く空間は静寂に包まれていた。
はぁ、と大きなため息をついて、玲奈は咥えていた飴玉を機嫌悪そうに歯で噛み砕く。
恐る恐る顔を上げると、玲奈は胡散臭そうなものを見る目で恵太を見ていた。
ただ、怒っているとか、そういう感じではない。
呆れているのは間違いないが、それだけ。
さっきまでの怒気もどこかへ消え失せていた。
「そんなの、信じるわけないでしょ」
飴のなくなった棒を口で弄びながら、玲奈は「でも」と続けた。
「あんたが嘘をついてるようにも見えない。なんでかわかんないけど」
「信じるのか?」
「信じないって言ってんでしょ」
「どっちだよ……」
「信じない。ただ、信用はしてあげる。とりあえず今は」
そう言うと、玲奈は再び柵に背中を預けて、空を見上げた。
そして呟くように言葉を紡ぐ。
「音守がいじめられてるのは、あたしのせいなのよ。もっと具体的に言えば、櫻坂があたしを苦しめるためにやってることだけど」
これまで気にしたことはなかったが、教室内でいおりと玲奈との間に接点はなかったように思う。
いるだけで目立つ玲奈がいおりに話しかけていればある程度人目は引くはずだが、少なくともそういった場面を恵太が見たことはない。
「あたしと音守は一年の時も同じクラスだった。席も前後だったから、話さないこともなかったわけ。といっても朝とか帰り際とかに一言交わす程度だったけど。友達なんて呼べる関係じゃなかった。でも、あたしにとって唯一学校でまともに話す相手だったのは確か」
そもそも玲奈が誰かに話しかけること自体かなり珍しいように思えるが、その相手がいおりだったというのもかなり意外だ。
「それで、櫻坂がどう関わってくるんだ?」
「あいつとあたしは昔からの知り合いなのよ。そんで、勝手にあたしのことを嫌ってる。理由は知らないし知りたくもないけど、事あるごとにつっかかってくんのは本当にただただ鬱陶しい」
苦虫をかみつぶしたような顔で玲奈は言う。
不良の玲奈と優等生の櫻坂。
正反対の位置にいる二人が昔からの知り合いだなんて思う人はおそらくいないだろう。
嫌なことを思い出したのか玲奈の表情からは疲れが顔に滲み出ていた。
「何度も何度も嫌がらせをされた。でも相手にしなかった。相手にするだけ無駄だったから。だからあいつは音守を標的にしたのよ。あたしが学校で唯一話すっていう理由だけで。自分のせいで他の人間が嫌がらせをされてるって知れば、あたしが嫌な気持ちになると思ってね」
「なんなんだ、それは……」
ただただ呆れるしかない。
「当然やめさせようとした。別に音守がどうとかじゃなくて、あたしの不始末を他人に押し付けてるようで気分が悪かったから」
だが、今もなお音守に対してのいじめは続いている。
それはつまり、玲奈の訴えは意味がなかったということだ。
「でもいくら言っても櫻坂はやめなかった。あたしが困ってるのを見て心底嬉しそうするだけだった」
いつの間にか玲奈は拳を握りしめていた。
悔しさからなのか小さく震えている。
「だからあたしは音守と関わるのをやめた。そうすれば櫻坂も飽きて別のことをしてくるってわかってたから。実際、そのとおり櫻坂は音守から手を引いた」
「それなら、なんでいじめは今も続いてるんだ」
恵太の言葉に玲奈は俯いた。
何かに耐えるように、何かを噛みしめるように。
少し間をおいてから、口を開く。
「言ったのよ。音守が櫻坂に、自分をいじめてくださいって。自分が代わりになるから、琴城寺さんに手を出さないでって」
「そんな……」
音守はいじめを解決することを望んでない。
玲奈がさっき言っていたのはそういうことなのだろう。




