第三話
太陽の日差しが降り注ぐ通学路を、恵太は一人とぼとぼと歩いていた。道行く先には人っ子一人の影すら見えない。
それもそのはずで、腕時計の針が示す時間はすでに一時間目の授業の開始時間をとうに過ぎていた。
「はぁ……もう帰ろうかな」
「にゃあん?」
恵太の呟きに、隣を歩いている猫が間延びした声で返してくる。
ふさふさの毛並みに、どこか気品を感じさせる佇まい。
人間慣れしていることやよく手入れがされているあたりからしてもどこか裕福な家で飼われている猫なんだろうと思ったが、首輪が付いていないので野良なのかもしれない。
餌をもらえると思ってついてきているのか、恵太を励ますために隣を歩いてくれているのか。
おそらく前者ではあるのだろうが、後者であってほしいなんてことを思ってしまうくらいには憂鬱な気分だった。
歩く恵太の脳裏に、今朝聞いたばかりの声が響く。
―――明日死にますけど、どうしますか?
目が覚めた時、あまねの姿はどこにもなかった。
家中探し回ってみたが、髪の毛一本すら見つからず、玄関の鍵もかかったまま。
どこにもあまねがいたという痕跡を見つけることは出来なかった。
悪い夢を見ただけだと自分を納得させようとしてみたのだが、どうにもあの言葉が頭から離れてくれない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか登校しなければならない時間を過ぎてしまっていたのだった。
恵太が家を出たのはほんの五分前。
朝食も満足に取らないまま制服に着替えるなり家を飛び出したまではよかったのだが、途中からどうせ遅刻は確定しているのだからどれだけ遅れても変わるまいと思い至って今はゆっくりと歩いている。
今思えば、何も考えずに走っていったほうがこんな気持ちにならずに済んだのかもしれない。
が、一度諦めてしまうと再び走り出そうという気にはならなかった。
足元に纏わりついてくる猫と戯れながらしばらく歩いていくと大通りに出る。
車の行きかいも激しい通りなだけあって、サラリーマンや主婦、犬の散歩をしている老人など多くの人が忙しなく歩いていた。
さすがに恵太と同じく制服姿の学生の姿は見当たらず、ぼけっと立っているだけでかなり目立ってしまう。
現に、道行く人がすれ違いざまに恵太をちらちらと見ているのがわかった。
素行の悪い不良だとでも思われているのか声をかけてくる人はいないが、いずれにしてもあまりいい気分ではない。
視線から逃れるように人の波に身を任せるように歩いていくと、交差点に差し掛かったところで見知った背中を見つけた。
遠目から見ても目立つ金髪に、校則違反ぎりぎりの着崩した制服。膝より上に詰められたスカート。背負い込むようにして肩にかけた鞄の中には何も入っていないのか、ぺったりと潰れていた。
まさに不真面目が制服を着て歩いているようだ。
そんないかにも不良っぽい姿のその女子はどうやら恵太と同じで遅刻らしく、学校へ向かっている途中のようだった。
信号待ちをしている間、制服のポケットに左手を突っ込みながらつまらなそうに車の行き交いを眺めているその姿は、人目を引く容姿も相まってかなり悪目立ちしている。
だが、本人には他人にどんな目で見られているのかなんてことを気にした様子は微塵もない。
そんな金髪女子が見つめる先に恵太の目的地はあるので、必然的に一緒に信号待ちをすることになる。
ただ、見知ってはいるが話しかけるほど仲がいいわけでもないため、近くもなく遠くもない程度の距離で立ち止まった。
「なぁん?」
恵太がその場に止まると、ずっと隣を歩いていた猫が足に擦り寄ってきて可愛らしい声をあげた。
制服越しだが毛の感触がこそばゆい。
誰もが振り向いてしまうほどのキュートボイスだけについ抱き上げてしまいそうになる衝動に駆られるが、それはどうやら前に立つ金髪女子も同じだったらしい。
猫の声に気付いて振り返り、その愛くるしい姿を見つけて少しだけ顔を綻ばせる。
だがそれもほんの少しのことで、猫が擦り寄っている足の持ち主の顔を見てすぐに不機嫌そうな表情に戻った。
目が合ってしまった以上無視することも出来ず、恵太の方から声をかける。
「おはよう。琴城寺も遅刻か?」
「……」
返事は返ってこない。その代わりに刃物のように鋭い視線を容赦なく突き刺さしてくる。
なんとなくこうなることは予想していたし、だからこそ進んで話しかけたくは無かったというのもあるが、こうも当たり前のように敵視されるとさすがに傷つく。
琴城寺玲奈。
恵太の通う学校において不良のレッテルを張られている女子生徒だ。
遅刻の常習犯であることや、その派手な見た目からして不良と呼ばれてしまうのも仕方ないのだが、怜奈が不良と呼ばれる最たる所以は彼女の周りを飛び交っている悪い噂に他ならない。
ヤクザの娘だとか、他校の不良を一人でシメ上げただとか、野良犬を蹴り殺しただとか、話し出せば枚挙に暇が無い。
恵太にしても、何かきっかけがなければ関わることはなかっただろう。
目を合わせてしまったからと言って話しかけなければならない理由も普通ならない。
ただ、玲奈は恵太と同じクラスだった。
さすがにクラスメイトとばったり出会ってお互いに無視しあうというのは今後の学校生活を健全に送るうえであまりにも息苦しい。
まして、これから同じ教室へと向かうのである。これ以上学校へ行くのを躊躇いたくなる理由を作りたくなかった。




