第二十八話
「お話は終わりでしょうか?」
恵太が何も言い返せなくなったタイミングを見計らって櫻坂が告げる。
終わりなんかじゃない。
言いたいことはたくさんある。
でも、目の前の櫻坂にどんな言葉をぶつけても意味がない。
それがわかってしまったから、恵太は何も言うことができない。
部屋の外から鐘の音が聞こえてくる。
昼休みが終わることを告げる鐘だ。
「それでは、これで失礼しますね」
そう言って立ち上がると、すれ違いざまに櫻坂は言った。
「あなたのように心優しい人がこの世界にあふれていれば、きっといじめなんて起こらないのでしょうね」
「嫌味か、それは」
「いいえ、違いますよ。純粋な感想です。私はあなたのような方を心から尊敬していますから。でも、少しばかり用心したほうがいいかもしれませんね。あなたのように心優しい方がいるように、私のように悪どいことばかりを考えている人間もいるんですから」
そう言って櫻坂は自分の携帯を取り出すと、とある画面を見せてくる。
そこに映っていたのは、女子更衣室をどこか高いところから撮影した画像。
しかし、ただの画像ではなかった。
櫻坂がボタンを操作すると、恵太が女子更衣室へと入っていく動画が再生される。
それを見た恵太はもう何も言うことができなかった。
「安心してください。明日葉さんが何もしなければ、この動画が出回ることはありません。これはあくまでも保険ですので」
そう言って心の底から楽しそう笑うと、櫻坂は部屋を出て行った。
勘違いしていた。
櫻坂は話し合いをしに来たわけでも、恵太を弄びにきたわけでもない。
そもそも櫻坂にはここに来る理由はなかった。
いじめをやめる気なんて最初からなかったのだから。
じゃあどうして来たのか。
なぜ校舎裏でなくこんなところに呼び出したのか。
―――あそこは、誰が聞き耳を立てているかわからないものですから
櫻坂は初めにそう言っていた。
その時点でおかしいと気付くべきだった。
いや、気づいたところでもう手遅れだっただろう。
ここに入った時点で、恵太は櫻坂の罠にはまっていたのだから。
櫻坂は気付いていたのだ。
恵太があのいじめの現場にいたことを。
そして自分が呼び出された理由を。
だから恵太の呼び出しに答えるふりをして、場所をわざわざ女子更衣室に指定した。
恵太がいじめの動画を出せないよう罠を張るために。
恵太が女子更衣室に入る動画が出回れば、少なくともこの学校に恵太の居場所はなくなる。
事情を説明したところで誰も聞いてはくれない。
相沢のように友人が多ければ違うかもしれないが、恵太の交友関係は無いに等しい。
それに相手は生徒にも教師にも信頼の厚い櫻坂悠里だ。
恵太と櫻坂、どちらの言い分を信じるのかなんて聞くまでもない。
戦う前に恵太は負けていた。
それを理解すると同時に身体が勝手に脱力してすとんと落ちる。
櫻坂がいなくなった今、早々に立ち去ったほうがいいと頭ではわかっているのに、しばらく動くことは出来そうになかった。




