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第二十七話

「できるはずない。優等生のお前がいじめを指示したなんて話が広まれば困るのはお前だ」


「確かにそうですね。私がいじめをしろと誰かに指示したとなればきっと大変なことになるでしょうね」


 まるで他人事のように言う櫻坂の言葉の裏には、誰かに指示させれば問題ないという意味が含まれているように感じられた。


 煮えたぎるような怒りが沸々と湧きあがってくる。

 自然と声が大きくなってしまうのを抑えることはできなかった。


「お前、音守がどんな気持ちでいるか、わかってるのか?」


 これが音守の死に直結する直接的な原因なのかはわからない。

 でも、こんなことをされて、言われて、傷つかないわけがない。

 誰にも助けを求められずに、たった一人で立ち向かうにはいじめはあまりにも強すぎる。

 誰もが自力でどうにか出来るわけじゃない。

 そうやって立ち向かおうとして壊れてしまった人はたくさんいる。


「お前たちの最低な行為のせいで、死にたいと思ってるかもしれないんだぞ。何とも思わないのか?自分たちがおかしいことをやってるって思わないのか?」


 恵太の問いかけに櫻坂は答えない。

 ただ微笑んでいるだけ。

 届いていない。

 響いていない。

 恵太の言葉を櫻坂は聞いてすらいない。

 張り付けたような笑顔が、恵太の言葉を全て否定している。


 もうなりふり構ってはいられなかった。


「こんなことを続けるっていうなら、この動画を学校中にばら撒く」


「構いませんよ」


「何?」


 思わず聞き返してしまう。


「構いません、と言ったんです」


 櫻坂のはっきりとした声が恵太の言葉を遮った。


「確かにその動画が広まれば、今までどおりの生活とはいかなくなるでしょう。この学校にもいられなくなるかもしれません。でも、それはあくまでその動画が出回ればの話です。そんなことにはならない」


「なんでそう言い切れる」


「あなたが酷いことをするはずがないと信じているからですよ、明日葉さん」


 何の疑いもないというように、櫻坂は言い切った。


「そんなこと、お前にわかるわけないだろ」


「わかりますよ。とても単純な話です。大して仲がいいわけでもないクラスメイトを、何の得もないのにわざわざ助けようとする心優しい人が、誰かの人生を滅茶苦茶にするようなことをするはずがありませんから」


「……」


 言葉が出なかった。


 恵太にとってこの動画はあくまでいじめをやめさせるための道具であって武器じゃない。

 取引に使いこそすれ、誰かに見せようとは最初から思っていなかった。

 この動画が出回ったらどうなるかなんて考えなくてもわかる。

 櫻坂だけでなく、取り巻きたちの人生にも暗い影を落とすだろう。

 自業自得だと割り切れるのならいい。でも、きっと恵太にはそれが出来ない。


 櫻坂は最初からそれがわかっていたとでもいうのか。

 だから動画を消させなかった。

 消させる必要がなかったから。

 恵太が公開しないとわかっているのなら消しても消さなくても変わらない。

 どちらにせよ恵太が自分達を陥れるようなことはしないと、そう確信していたのだ。


「いじめをやめさせたいのなら、その動画を教師に渡すだけでいい。でも、それをせず、わざわざ私と話し合いの場を設けた。説得してやめさせようとした。あなたがここにいること、それ自体が既にあなたがどういう人間なのかを表しているようなもの。これが、私が明日葉さんを信じる理由です」


 話し合いにならない。

 そもそも櫻坂は話し合いのテーブルにすらついていない。

 櫻坂の中で答えはもう出ている。

 恵太がここに来る前からとっくに出ていた。

 恵太が何を言ったところでいおりへのいじめをやめるつもりはないのだと。


 意味がないとわかっていても、恵太は櫻坂に問わずにはいられなかった。


「なんで、いじめなんてするんだよ。お前みたいに頭がいい奴なら、もっと他にやることはたくさんあるはずだろ」


 何をやっても称賛される。

 誰といても笑いが絶えない。

 そんな人間の目に映る世界はきっと眩いくらいに輝いているに違いないのに。


 櫻坂は答えない。

 答える義理はないというように、ただ恵太を見ているだけ。

 心の中を見透かされているようで気持ちが悪かった。


 拳を握りしめる。

 恵太がいおりの部屋で見たあの凄惨な光景を櫻坂にも見せてやりたかった。

 そうすれば自分がどれだけ酷いことをしているのかわかるはずだから……。


 でも、それを言ったところできっと櫻坂は笑うだけだろう。

 笑いもしないかもしれない。

 そんなことあるはずがないと信じているのだから。

 自分が悪いことをしているなんて思ってないんだから。

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