第二十六話
単刀直入に言葉をぶつける。
「音守へのいじめをやめろ」
「いじめ……ですか?」
「今日の二時限目の休み時間、お前たちが校舎裏で何をしていたのかは知ってる」
その言葉に少しだけ考えるような仕草をするが、櫻坂は困ったような顔を浮かべるだけだった。
「ええと、そう言われても、何のことか本当にわからなくて……」
「とぼけるなよ」
証拠も何もなしにいじめをしていましたなんて認めるわけがないとは思っていた。
だから、事前に用意していたあるものをポケットから取り出す。
恵太が取り出したのは携帯。
手早く操作して、とある動画を再生する。
そこには櫻坂や取り巻き三人がいおりを囲んでいる様子が映し出されていた。
玲奈にはがいじめにされながらも念のために撮っておいたものだ。
これ以上ないいじめの証拠。
それを櫻坂に見せながら、淡々と告げる。
「これはお前たちが音守をいじめていた証拠だ。お前の顔も、声も、動画の中にしっかり入ってる。もちろん、他の三人が手を上げているところも」
「そう、ですか」
動画の中身を確認した櫻坂は、ゆっくりと息を吐いた。
「それを撮られてしまっているのであれば、言い逃れはできそうにありませんね。確かに、私たちは音守さんに酷いことをしていました」
「認めるのか?」
「ここであなたの反感を買い、その動画を学校や両親に見せられてしまうことのほうが都合が悪いですから」
そして櫻坂は恵太の瞳をまっすぐに見つめた後、お手本のような綺麗な動作で頭を下げた。
「音守さんにはきちんと謝罪します。私も、そして他の三人も、音守さんには今後一切関わらないと約束します。ですから、その動画を消してはいただけないでしょうか」
言いながらも顔を上げることはしない。
恵太が何かを答えるまでずっとそうしているつもりなのだろう。
しっかりとした誠意が感じられる礼。
本当に悪いことをしたと思っているのが伝わってくるような態度。
拍子抜けというのが正直な感想だった。
あれだけのことをするくらいだから、何かしら理由をつけてごまかしてくるか、何も知らないと白を切りとおすのかと思っていた。
もしくは、無理やりにでも携帯を奪い取ろうとしてくるか。
だが、櫻坂が実際にしているのはその反対だった。
何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうくらいに潔い謝罪。
簡単に信じることはできなかった。
「動画は消さない。お前たちがまたやらないとも限らないから」
その答えに顔をあげると、櫻坂は納得したように頷く。
「仰るとおりです。信じてくださいと言えるほど、私はあなたに信用されてはいないでしょうから。わかりました。では、明日葉さんが納得するまでその動画はお持ちになっていてください。それでよろしいでしょうか?」
「……ああ」
「ありがとうございます」
恵太が頷くと、櫻坂は感謝の言葉を口にしながらもう一度頭を深々と下げた。
そんな姿を見ていて、何か黒いものが恵太の心の中に渦を巻くのがわかった。
呆気なさすぎる。
これで本当に終わったんだろうか。
喉の奥に小骨が突き刺さっているような気持ちの悪い感覚。
何かを見落としているような違和感。
このまま話を終わらせてはいけない気がした。
「なぁ、櫻坂」
「なんでしょうか?」
「本当に、もう音守には手を出さないんだよな?」
「はい。誓って」
「……なんでだろうな。お前と話していると、とても本当のことを言っているように聞こえないんだよ」
「それは困りましたね。どうしたら信用していただけるのでしょうか」
そこで、恵太は今感じていることをそのまま櫻坂にぶつけた。
「お前、自分が悪いことをしたなんてこれっぽっちも思ってないんじゃないか?」
「そんなことはありません。心の底から反省しています」
「じゃあ、なんでさっきからずっと笑ってるんだよ」
言われて気づいたというように顔を触ってから、隠そうともせずに櫻坂は堂々と笑顔を浮かべた。
その顔にはさっきまでの落ち込んだ様子はもうどこにもない。
そんな櫻坂の顔を見て、恵太は背筋が寒くなるのを感じた。
恐怖とはまた違う、おぞましさとでもいえばいいのだろうか。
得体のしれない何かが足元から身体を這い上がってくるような感覚。
「明日葉さんは用心深いんですね。大抵、素直に謝った時点で許してしまうか、少なくとも気は許してしまうはずなのに。そうですね。あなたの言うとおり、私は悪いことをしたとは思っていません。でも、全てが嘘というわけではありません。さっき誓ったとおり、本当に今後一切音守さんに手を出すつもりはありませんから。私と、そして他の三人は」
わざとらしく語尾を強調して言う。
まるでそこに気付いてほしいとでもいうかのように。
「その言い方だと、他の奴らには手を出させるっていう風に聞こえるんだけど」
「そんなことは一言も言っていませんよ。そう、私は」
そこで、ずっと櫻坂から感じていた違和感の正体に気付く。
こいつは、櫻坂悠里は、最初から恵太とまともに話をする気なんてない。
そして、音守に対するいじめをやめる気もないのだ。




