第二十五話
昼休み。
相沢に前もって伝えていた時間の五分ほど前になってから、恵太は校舎裏へと足を運んだ。
だが、指定していた時間になっても櫻坂は現れなかった。
その代わり、
「あんたが明日葉君?」
そう言って話しかけてきたのは、櫻坂の取り巻きの内の一人だった。
短髪で長身のいかにもスポーツをやっていそうな女子。
釣り目で気が強そうに見えるが、爽やかな笑顔がそれをほどよく中和している。
「そうだけど」
「悠里ちゃんから伝言。待ち合わせ場所を変えたいから伝えてきてほしいって言われて」
「場所は?」
「部活棟の女子更衣室」
「女子更衣室?」
「大丈夫大丈夫。今の時間誰も使ってないし。多分そこなら誰にも邪魔されないで話ができるからだと思うよ」
確かに部活棟は部活が始まる放課後になるまで近づく生徒はほとんどいない。
それに加えて、部室は内側から施錠することもできるので、まさに密会にはうってつけの場所だろう。
でも、だからこそ不安が押し寄せる。
誰も来ないということは何をされても気づかれないということでもあるからだ。
考え込んでいると、取り巻き女子が快活に笑って言った。
「何不安になっちゃってんの?いつもの悠里ちゃんなら指定された場所に来てごめんなさいで終わりなのに、逆に呼び出すなんて今までなかったことなんだよ?ワンチャンあるかもしんないんだから、自信持って行ってきなって!」
「え?あ、ああ……」
てっきり着いてきてとか言って一緒に行くものだと思っていたので、上擦った声が出てしまう。
「それじゃ、確かに伝えたからね。悠里ちゃん待たせたら許さないから」
それだけ言い残すと、取り巻き女子はそのまま走り去ってしまった。
「……」
個室に呼び出された以上、リンチにでもされるのかと思ったのだが、今の様子を見る限りどうやら違うらしい。
だとすると本当に告白されると勘違いしているのか。
でも、それならわざわざ会う場所を変更する理由がよくわからない。
恵太は櫻坂と話したことなんて一度もないし、それこそ直に声を聞いたのだって休み時間の一件が初めてだ。
実は小さい時仲良くしていた幼馴染でしたなんて漫画みたいな展開があるはずもない。
何にしても行くしかないだろう。
ここでまごついていたところでいおりが救われるわけじゃないんだから。
―――――
部活棟は校舎裏から歩いて五分程度の割と近いところにある。
八畳ほどの広さの小屋のような建物が左右に五つずつ連続して建てられており、各部活ごとに部屋が割り振られている。
一番端の左右二つの小屋はそれぞれ男子更衣室、女子更衣室となっていて、誰が使っても問題ないことにはなっているが、基本的には部室を持たない部の生徒が着替えるために使用している、と以前相沢に聞いた。
女子更衣室と書かれた表札を確認して、扉を三回ほどノックする。
男子であれば間違いなく来る用事がない場所なので、悪いことをしているような気がして妙にそわそわしてしまう。
しばらくすると中から声が聞こえてきた。
「どうぞ、入ってください」
はきはきした口調でそう告げると、中に入るように促される。
恐る恐る足を踏み入れると、男子のものとは全く違う、妙に甘ったるい匂いが鼻についた。
おそらく香水か何かだろう。
それ以外はどこの部室ともほとんど変わらない、何の変哲もない部屋。
左右にロッカーが並べられていて、部屋の真ん中にベンチが二つ並べられているだけ。
窓にはカーテンもかかっておらず、外に人がいるような気配もない。
櫻坂はベンチの一つに腰掛けながら言った。
「お待ちしておりました、明日葉さん。私の都合で場所を変えさせてもらって申し訳ありません。あそこは誰が聞き耳を立てているかわからないものですから」
見惚れてしまいそうなほどに整った顔には自然な微笑が浮かんでいて、目が合うと嬉しそうにぱっと笑顔を咲かせる。
話したこともない恵太に対してすらそんな態度をとることができるのだから、櫻坂悠里という人間がなぜ学校中で人気なのかがわかるようだった。
「それで、大切な話とは一体何でしょうか」
優しい声に柔らかな物腰、人を安心させるような笑顔にはつい気を許してしまいそうな雰囲気が漂っている。
でも、その笑顔の裏に平気でいじめをすることのできるどす黒い顔が隠れているのだと思うと、とても気を許す気にはなれなかった。




