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第二十四話

 恵太が教室へと帰ってきた頃には、すでに三時限目の授業が始まっていた。


 次の授業は体育だったので、誰もいなくなった教室で運動着に着替えてから校庭へ向かう。


 恵太の学校では、体育の授業は数クラスが合同で行うことになっており、恵太たち四組のほかに五、六組の生徒たちの姿もある。


 授業は陸上競技で、グループに分かれて各々競技の練習に取り組むという比較的楽な内容。

 そのおかげか、ところどころから楽し気な笑い声が聞こえていた。


 体育教師に保健室に寄っていたことを話すと遅刻扱いにはしないでもらえた。

 軽く準備体操をしてから、参加するよう言われた長距離走の組に混ざる。

 長距離といってもただランニングをしているだけのようなもので、他の生徒も気楽そうにだらだらと走っているだけだった。


「お前が途中から授業に来るなんて珍しいじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」


 走っていると、背後から声を掛けられる。

 隣に並んできたのは同じクラスの男子、相沢だ。


 結構な時間走っているのか額に汗が輝いているが、疲れた様子はまるでない。

 野球部で毎日走りこんでいる賜物なのだろう。

 走るペースも恵太に合わせてくれているようで余裕の笑顔だ。


「なんだその欠席して当然みたいな言い方は」


「まぁ体育の授業だし。始まるときにいなかったからばっくれたのかと思ったんだよ」


「去年の二の舞にはなりたくないからな」


 去年恵太は欠席し過ぎて出席日数が足りず、危うく留年しかけた。

 完全に自業自得なのだが、年度末のあのひやひやした感覚はもう味わいたくない。

 そう思ってはいるのだが、今日もまた遅刻しているので今年の末も落第の陰に怯えて過ごすことになるような気がしてならない。


 そんなことを頭の隅で考えつつも、相沢に問いかける。


「琴城寺見なかったか?」


「琴城寺?今日はまだ見てないな」


「そうか」


 走りながら女子のグループを見てみるが、相沢の言うとおり玲奈の姿はない。


 保健室にいおりを送り届けた後、玲奈はすぐにどこかへ行ってしまった。

 もしかしたら授業に出ているかもしれないと思ったのだが、玲奈も恵太に負けず劣らずの遅刻欠席常習犯である。

 もしかすると途中から参加するくらいなら出ない方がマシという選択をしたのかもしれない。

 いおりのことで聞きたいことがあったのでどうにか捕まえたいが、少なくともこの授業中に顔を見せることはないだろう。


 相沢は意外そうな顔で言った。


「お前、琴城寺と仲良かったっけ?」


「そういうわけじゃないけど」


「見てないといえば、音守もいないなそういえば。朝はいたと思ったんだけど」


「音守は……」


 音守を保健室へ連れて行ったことを掻い摘んで話す。

 迷ったが、櫻坂達がいおりにしていたことは伏せておいた。


「そうか。よかったな恵太が通りかかって。どうしてそんなとこにいたのかわからんけど」


「なぁ相沢、変なこと聞いてもいいか」


「なんだ?」


「櫻坂のこと、どう思う?」


「随分と藪から棒な質問だな」


 そう言ってから、相沢はとある女子の集団に目を向けた。

 その視線の先を追っていくと、砂場で幅跳びの練習に勤しむグループの中に混じって、櫻坂と取り巻き三人の姿が見える。

 みんながみんな、さっきのことがまるでなかったかのように普通にふるまっていて、その顔には笑顔が浮かんでいた。


「お近づきになりたいとかそういうこと?」


「友達の多いお前から見てどういう風に見えてるのかと思って」


 気さくで話しやすい相沢の交友関係はクラスのみならず学年全体にまで及ぶ。

 それは櫻坂も同じだった。

 学校内でも相沢と櫻坂が立ち話をしているのを見かけたことがある。

 だからこそ、そんな相沢に櫻坂がどう見えているのか聞いておきたかった。


「どうって言われてもなぁ。なんていうか、完璧っていう言葉を人の形にしたらああなるんじゃね?頭もよくて運動もできて友達も多い。そんで父親は警察のお偉いさん。母親は地方議員だったかな。お金持ちで将来も明るい、生きてくのに何不自由ないってんだから、羨ましい限りだよ」


 ほとんど恵太が抱いている印象と同じことを相沢は並べる。


「まぁ、そうだよな」


「なんだ、なんか不満そうだな」


「違う違う、実際俺もお前が言ったとおりだと思うし」


 相沢は恵太の言葉に怪訝な顔をしたがあまり気にしなかったようで、でもま、と付け足した。


「羨ましいとは思うけど、なったらなったで大変なんだろうな」


「その心は?」


「期待が凄いじゃん。できて当然みたいな目をいつも向けられるんだぜ?滅茶苦茶窮屈そうだ。話してるだけならそんなの全然感じないけど、感じさせないように努力してたりするんだろうな。そういうところはほんと凄いと思う。俺には真似できねぇよ」


 櫻坂が周囲から向けられる期待がどれほどのものかなんて恵太にはわからない。

 それに応えなければならない重責がどれほどのストレスなのかも。

 どこかに捌け口でもなければやっていられないというのは少しだけ理解できる。

 だからといっていじめを捌け口にしているというのなら、とても許されることではないが……。


「ま、なんだ。もしお前が話してみたいっていうなら声かけてみるけど?」


「じゃあ頼むよ」


 恵太の言葉に相沢は目を白黒させた。

 恵太が正直にそんなことを言ってくるとは思っていなかったのだろう。


「まじで?」


「丁度俺も話してみたいと思ってたんだ」


「お前がそういうなら、わかったよ。昼休みとかでいいか?」


「できれば二人きりで話したいんだけど。校舎裏とかで」


「初めてなのに攻めるなぁお前。そんなことするキャラだったっけ?」


「二人きりじゃないと話せないことなんだ。察してくれ」


 それを聞いた相沢はにやついた笑みを浮かべると、恵太の肩を拳で力強く叩いた。

 きっとあらぬ勘違いをしているのだろうが、今はそのほうが都合がいい。


「わかった。櫻坂に言っとくよ。怖気づいて逃げたりすんなよ?紹介した俺の面子だってあるんだから。成功を祈ってる」


 そう言って、相沢は軽く手を挙げて今度こそ恵太から離れて行った。


 相沢の純粋な厚意に少しだけ胸が痛んだ。

 だが、いおりへのいじめをやめさせるには櫻坂と話をつけなければならない。


 いつのまにか恵太の手のひらには運動で出たものとは別の、嫌な汗がじんわりと滲んでいた。

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