第二十三話
声をかけるべきかどうか迷った。
あの様子からしてすぐに保健室に連れていくべきだ。
でもそうなると前回とほとんど同じ状況になる。
それだと意味がない。
ここにいおりの気持ちを変えるための何かがある。今はそう信じるしかない。
少しすると、いおりが歩いてきたのとは反対の方向から複数の足音が聞こえてきた。
目をやると女子生徒四人組が歩いてくるのが見える。
四人はいおりの前まで歩いて来ると、まるで事前に打ち合わせていたかのような迷いのない動きでいおりを取り囲んだ。
「ちゃんと時間通りに来てくれたんですね。ありがとうございます」
いおりの目の前に立つ女子生徒には見覚えがあった。
二年五組の櫻坂悠里。
容姿端麗、成績優秀、文武両道の優等生。
クラスメイトの名前すら覚えていない恵太が知っているくらいだから、おそらくこの学校で彼女を知らない人間はいないだろう。
時期生徒会長に推されているとかいう噂もある。
それくらい有名な人物。
だからこそ、そんな櫻坂がどうしてこんなところに来たのかがまったく理解できない。
いおりに用があるのは間違いないが、こんな人目のつかないところで取り囲むなんて、これじゃまるで……。
「体調が悪いように見えますけど、大丈夫ですか?」
櫻坂が優しい声音でいおりに話しかける。
だが、いおりは答えなかった。
「ちょっと、悠里ちゃんが話しかけてるのに無視とかありえなくない?なんとか言ったらどうなのよ」
取り巻きの内の一人がそう言っていおりの肩を強く押す。
それだけでもいおりはふらついて地面に倒れこんでしまう。
それを見て櫻坂を除く他の三人が笑い合う。
この一連の流れだけで、今目の前で行われているのが何なのかわかってしまった。
自分が通う学校に限ってそんなことあるはずない、なんて楽観的なことを思ったことはない。
必ずどこかでは行われているだろうと薄々感じていたし、そう感じているのは何も恵太だけに限った話じゃないだろう。
それでも驚かざるを得なかったのは、いじめを率いているのが教師からも生徒からも信頼の厚い櫻坂悠里だったという一点だけ。
一番そういった話とは縁遠い人間だと思っていたから、正直言って目の前の光景が未だに信じられないでいる。
でも櫻坂たちがいおりに対して行っていることは、どんな見方をしてもいじめであることは疑いようがなかった。
これが、いおりが隠そうとしていたものの正体……そして、いおりを死に追いやる悩みの元凶なのか。
そう思った時には既に体が動いていた。
「や……」
声を上げようと口を開いたところで、どこからともなく手が伸びてきて恵太の口を塞ぐ。
その手は、恵太が抑え付けていたはずの玲奈から伸びていた。
何のつもりだという意味を込めて玲奈を睨みつける。
だが、玲奈は櫻坂たちをただ黙って眺めているだけだった。
無理やりにでも行こうとすると、今度は左手を思いきり捕まれ、血管が浮き出てくるほど強く握りこまれる。
まるで恵太をあの場に行かせたくないとでもいうかのような行動。
なぜ玲奈がこんなことをするのかまるでわからない。
力づくで振り払おうと腕を引こうとする。
でも、できなかった。
恵太の腕を掴む玲奈の手が震えていたから……。
「聞いてんの?」
そう言って、取り巻きの一人が地面を乱暴に蹴って倒れたままのいおりに砂を浴びせかける。
砂埃を吸って苦しそうに咳をする様子を見てひとしきり笑うと、髪の毛を乱暴につかんで顔を持ち上げた。
そうまでされてもいおりの反応は薄い。
苦悶の表情を浮かべてはいるが、抵抗しようとしない。
されるがままになっている。
そんないおりの反応が面白くなかったのか、取り巻きたちがさらに手を上げようとしたところで、ずっと黙って様子を見ていた櫻坂がようやく声を上げた。
「やめてあげて」
その一言で取り巻きたちはいおりから離れる。
ゆっくりといおりに近づいた櫻坂は、屈んでそっと手を差し伸べる。
いおりを助け起こすつもりなんだと思った。
恵太の知っている櫻坂悠里という人物ならきっとそうするだろうと勝手に思い込んでいたからかもしれない。
でも、恵太の儚い期待とは裏腹に、その手がいおりの手を取ることはなかった。
いおりに手を向けたまま、じっと見つめ続ける。
そしてそれが何かの合図であるかのように、いおりがようやく自発的な動きを見せた。
ブレザーの内側に手を差し入れると、何かを掴んで取り出す。
いおりが手に持っていたのは薄茶色の封筒だった。
櫻坂は迷いなくいおりの手からそれを受け取ると、すぐに取り巻きに手渡す。
何が入っているのかは恵太のいる位置からではわからなかった。
でも、封筒を受け取った取り巻きたちがはしゃいでいたのが恵太の心をざわつかせた。
「それじゃあ、また」
そう言って微笑みかけたあと、いおりを助け起こすこともなく櫻坂は取り巻きたちを連れてさっさと歩いて行ってしまった。
櫻坂たちの姿が見えなくなるのと同時にいおりは力が抜けたようにその場に座り込む。
恵太が駆け寄ろうとするのを、玲奈はもう止めようとはしなかった。
「大丈夫か、音守!」
反応はない。
意識はあるようだが、肩で息をしていて酷く辛そうだった。
「音守を保健室に連れていく。手伝ってくれ」
恵太の言葉に、後ろで立っていた玲奈は黙って頷いた。




