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第二十一話

 前回とは違い、かなり早い時間に恵太は家を出た。

 時刻は午前七時を少し過ぎたくらい。

 通学路には人はまばらにしかおらず、ほとんどが通勤するサラリーマンや散歩中の老人で、学生は恵太一人だけだった。


 結局あまねは最後まで音守を何から救えばいいのか教えてくれなかった。


 前回のループから、いおりを救えと言うのは事故から助けることではないことはわかっている。

 そうなると、やはりいおりが自ら命を絶つのを止めろということなのだろう。

 家庭内の話なのか、学校での話なのかはわからないが、そこまで思いつめてしまうような何かをいおりは抱えているはずだ。

 となれば、それを解決するしかない。


 学校に着いたのは午前七時半前。

 この時間に学校に来る生徒はあまり多くないらしく、学校の敷地内を歩いている生徒の姿は数人しか見受けられない。

 部活の朝練をしている生徒の声は聞こえてくるが、校内はひっそりとしたものだった。

 おそらくまだ先生くらいしか中にいないからだろうが、これもあと少しすれば瞬く間に騒がしくなるのだろう。


 恵太の通う蓬高校は北校舎と南校舎、別棟としてほとんど使用されていない旧校舎が主たる建物で、北校舎には職員室、家庭科室などの実習を行う部屋があり、南校舎には一年生から三年生までの教室がある。

 並び順のとおり一年生は一階、二年生は二階、三年生は三階となっていた。


 下駄箱で上履きに履き替え、二年生の教室のある南校舎二階へと向かう。

 廊下を歩く音が反響してやけに大きく聞こえた。


 二年四組に到着すると、扉を開けて中に入る。

 朝の抜けきらない寒さは教室の中も同じようで、日の当たっている廊下よりも少しだけ寒く感じた。


 恵太の席である一番廊下側の前から二番目の机に鞄を置くと、誰もいないと思っていた教室の中で本をめくるような音が聞こえてきた。


 なんともなしにそちらに目を向けて、恵太は息を呑んだ。


「あ……」


 話しかけようとした。

 だが、なんと声をかければいいのか途中でわからなくなって、結局恵太の口からは何の意味もない音しか出てくれない。


 それでも出てしまったものは相手に届いてしまう。


 恵太の視線に気が付いたいおりは、読んでいた本から顔を上げると、不思議そうな顔で恵太を見つめてきた。


「何?」


 無表情で、感情の乗っていない抑揚のない声で、いおりは恵太に問いかけてくる。

 それは、前回恵太に微笑みかけてくれたいおりはここにはいないことを物語っていた。

 今いおりが話しかけているのは知り合いでも何でもない単なるクラスメイトの一人でしかない。

 その証拠に、恵太が答えられないでいるとすぐに興味をなくしたように手元にある本に視線を戻してしまう。


 その事実に胸が締め付けられるような寂しさを感じた。

 そう思ってしまうほどには、恵太はいおりと友達になれたことを嬉しく思っていたのかもしれない。

 そして、改めて時間が巻き戻っていることを実感する。


 だが、悲観してはいられない。

 この先に待っている未来を知っている恵太だからこそ、変えられることがある。

 変えなければならないことがある。


「早いんだな」


 恵太の声に、いおりが再び顔を上げる。


「別に、いつもと同じ」


「そうなのか。俺はいつも遅刻ばっかりだからわからなかったよ」


「……」


 訝し気な瞳が恵太を射抜く。

 明らかに不審に思われている。


 それもそうだろう。

 何せ、こんなことが起きるまで恵太はいおりの名前すら知らなかったのだ。

 それはつまり、日常生活で接点が一つもなかったということでもある。

 そしてそれは相手も同じ。

 目の前にいるいおりにしてみれば、全く話さないクラスメイトが突然朝早くやってきたかと思えば、いきなり話しかけてきたくらいの認識しかないはず。

 困惑するのは当たり前だ。


 でも、ここで会話を終わらせるわけにはいかない。

 こうして朝早い時間に二人きりになれたのは好都合だ。


 ただ、直球で『死にたいと思ってるのか?』なんて聞くことはできない。

 不躾にもほどがある。というか普通に不自然だ。

 そもそもそんなことを聞いたところで初めて話しかけられた相手に正直に話すわけがない。

 警戒されている今ならばなおさらに。


「なぁ音守。今、何か困ってることとかないか?」


「ない」


 にべも無い返事が返ってくる。

 保健室で初めて話した時と全く同じ対応だった。

 相変わらずといえばそうなのだが、事ここに至ってはその淡泊な対応が恵太を寄せ付けてくれない。


 それでも、蜘蛛の糸のような細い会話の線を断ち切らないようにするためだけに当たり障りの無い言葉を捜して言葉を繋ぐ。


「ほら、せっかく同じクラスになったわけだし、これを機に音守とも仲良くなりたいと思ったんだ。別に何でもいいんだ、何か無いか?」


 恵太がもう一度そう問いかけると、いおりは本に落としていた視線を再びこちらに向け、少しの間をおいてからはっきりと言い切った。


「あなたが話しかけてくること」


「……」


 遠回しに話しかけてくるなと言われ、恵太は何も言えなくなってしまう。


 恵太の知っているいおりとの対応の違いに恵太は困惑を隠せない。

 無口ではあるが、話しかければ答えてくれるものだとばかり思っていた。

 でも、それは大きな間違いだったのだと気づく。


 前回は、恵太が怪我をさせてしまったというのと、事故に遭いそうになったのを助けたという大きな繋がりがあった。

 だが、今の恵太といおりの間に接点は何一つない。

 何もないところから人と仲良くなるのがこんなにも難しいことだったのかと改めて思った。


 いおりを見ると、既に本の世界へと戻っていた。

 もう一度話しかけてみても、もう返事は返ってこなかった。


 結局、朝のホームルームが始まるまでの間、いおりから話を聞き出すことはできなかった。

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