第二話
「これで誰も呼ぶことはできないよ。もちろん無理やり奪い取ってもらっても構わない。ただ、嫌がる女の子のスカートの中に手を突っ込むという行為をキミができればの話だけどね」
当然ながらそんな外聞に悪すぎる事ができるわけもない。
「くそ、なんなんだお前は。何が目的だ?金か?」
「強いて言うならキミの全てかな」
「ひっ」
「冗談だよ。半分くらい」
いよいよもってその不可思議な言動が怖くなってきた恵太は、本能的に後ずさりしてしまった。
そんな恵太の怯えた様子をどこか満足げに見ていたあまねは、しばらくすると居住まいを正して恵太を真っ直ぐに見つめてくる。
それまでずっとどこかお茶らけた態度をとっていただけに、急に真面目な雰囲気を出されて困惑する。
正確に言えばあまねが現れてからずっと困惑しかしていないのだが、それとはまた別の、どこか気圧されるような空気が部屋の中を包んでいた。
「冗談はこれくらいにして、ボクの本当の目的を果たすとしよう」
「目的?」
「明日死にますけど、どうしますか?」
「……はい?」
聞こえなかったわけじゃない。この狭い部屋の中で聞き取れないはずもない。
それでも聞き返さずにはいられなかったのは、それほどまでにその言葉の内容が理解しがたいものだったからだ。
困惑する恵太の様子を楽し気に眺めながら、あまねは同じ言葉を口にする。
「明日死にますけど、どうしますか?」
だが、何度聞いたところで理解なんてできそうになかった。
「いや、意味がわからないんだけど。お前はいきなり何を言い出すんだ」
「言葉どおりの意味だよ。キミは明日死ぬんだ」
突拍子も無い言葉に、恵太の顔は引きつっていたことだろう。
だが、目の前のあまねからはふざけた様子はまるで感じられない。
顔には妖艶な笑みが浮かんでいるし、口調もまるで明日の天気の話をしているかのように軽々しいのはずなのに、体の芯から底冷えするような冷徹な雰囲気がその瞳の奥に隠されている。
その雰囲気に気圧されまいと、恵太は声を張り上げた。
「いい加減にしろよ。突然現れて、意味の分からないこと言って。大体、なんで俺が死ななきゃいけないんだ」
信じたわけではもちろんないが、ここまで自信満々に言われたら聞き返さずにはいられなかった。
「それは教えられないね」
「なんで」
「その理由も教えられない」
「お前な……」
「ただ、一つだけ教えてあげられることがある。音守いおりを救うんだ。そうすれば、キミは死ななくて済む」
どうにも頭が痛い。すぐにでもベッドに横になりたい気分だった。
「悪いけど付き合っていられない。とりあえずもうなんでもいいからさっさと俺の前からいなくなってくれ」
そんな恵太の言葉に、あまねは少しだけ寂し気な溜息を吐いた。
「信じる気はないみたいだね」
「信じるも何も、いきなり明日死ぬなんて言われて信じる奴いるわけないだろ?」
「そうか……わかった。じゃあ最後に、これだけは覚えておいてほしい」
そう言って恵太のすぐ傍まで近づいてくると、右手を差し出してくる。
何かされると思って反射的に身体を逸らそうとするが、どういうわけか金縛りにあったように動けない。
恵太の頭の上を愛おしそうに何度か撫でて、そのまま頬に添える。
ひんやりとした感触が全身に伝わると、妙な心地よさに包まれた。
頭の痛さも気分の悪さも少しずつなくなっていく。
恵太を見つめるあまねの瞳が、どこか悲しそうに揺れた。
「キミは一人じゃない。ボクはいつだってキミの味方だよ」
「何を……」
突然体中の力が抜けて、恵太はベッドに倒れ込んでしまう。
首にも、手にも、足にも、まるで力が入らない。
何千キロも走った後のような気怠さだけが体を支配している。
意識だけが何かに引っ張られて、徐々に自分の体から離れていく。
それは、深い眠りに落ちていく感覚と似ていた。
急激な眠気が襲ってきて、瞼が石のように重たくなっていく。
耐えられずに閉じてしまうと、恵太の意識は深い闇の中へ沈み込んでいくだけだった。




