第十九話
「っ!?」
恵太が目を覚ますと、見慣れた自分の部屋の天井が目に入ってきた。
「俺の、部屋……?」
布団をはねのけて体を起こし、周囲を見回す。
そこに広がっていたのは、いつもとなんら変わりない自分の部屋だ。
天国でも地獄でもない、いつも自分が生活している空間。
「確か、俺は……」
思い出そうとした途端、恵太の脳裏に向かってくるトラックの姿が浮かんだ。
クラクションの音、叫ぶ人の声、宙を舞う体、ぐちゃぐちゃに回る視界、地面にたたきつけられ、体中の血が外に出ていく感触。
そして、自分の命が失われていく喪失感。
いつの間にか恵太の体は震えていた。
息は上がり、呼吸も苦しくなる。
心臓が飛び出そうなほどに暴れまわっていた。
「夢、だったのか……?」
夢だと思いたかった。
でも、夢にしてはあまりにも現実的すぎる。
あの痛みも、あの苦しさも、あの寒さも、全て夢なんていう簡単な言葉で片付けていい代物じゃなかった。
あれは、恵太にとって紛れもない現実だった。
恵太は間違いなく死んだ。
死んだのだ。
夢の中で、あまねが言っていたように。
突然部屋の中に聞き馴染んだ音が響き渡った。
連続的に続く何の面白みもない電子音。
設定していた携帯のアラームだった。
枕元においてあったそれを手に取って音を止める。
ついでに時間を確認してみると、朝の七時丁度を示していた。
そして、時計の下に記されていた日付を確認して、恵太は目を疑った。
そこに表示されていたのは、恵太が事故に遭う前の日付……一日前の日付だったから。
何かの間違いじゃないかと思って携帯を再起動させてみても、その事実は変わらなかった。
天気予報も、ニュースも、すべて昨日と同じもの。
言っていることも書いてあることも全て聞いたことがあるものばかり。
まるで、恵太だけ一日先の未来から戻ってきてしまったかのようだった。
「何なんだ、一体……?」
「やぁ、おはよう」
その声に恵太が顔を上げると、目の前に髪の長い女が立っていた。
「あまね……」
「相当怖い目に遭ったんだね。酷い顔だ」
余裕のある微笑を浮かべて、あまねは恵太のベッドに腰掛ける。
そのまま動けないでいる恵太の顔に手を伸ばすと、ひんやりとした手のひらをいつかのように頬に押し当ててきた。
そうしていると不思議と心が落ち着いていくのがわかる。
「大丈夫かい?」
「あ、ああ……」
「それはよかった。取り乱しているキミも新鮮でいいけれど、出来ればキミには笑顔でいてほしいからね」
そう言って笑うと、あまねは手を引いた。
名残惜しいと思ってしまったのは、誰かに触れられるということがしばらくなかったからかもしれない。
そんな恵太の心を見透かしたように、あまねはそのまま自分の手を恵太の手の上に重ねる。
はねのけようという気にはならなかった。
深く息を吐いて、恵太はあまねを訝しげに見つめた。
「何が起きたんだ?」
「キミは死んだんだよ。道路に飛び出たところをトラックに跳ね飛ばされてね」
あまねに言われ、事故の光景が再び脳裏を過る。
だが、今度は取り乱さずにいられた。
「なら、どうしてここに……一日前に戻ってるんだ。お前の仕業なのか?」
あまねはその問いには答えなかった。微笑を浮かべるだけ。否定も肯定もしない。
「お前は一体なんなんだ」
「ボクはキミの味方だよ」
「そういうことを聞いてるんじゃない。それに、俺はお前に味方になってもらえるようなことをした覚えはない」
「キミにはなくとも、ボクにはあるのさ」
そう言うと、恵太の手を握るあまねの手の力が少しだけ強くなったような気がした。
「聞きたいことがあるのはわかる。でも、ボクはキミの質問に答えることはできない。ただ、音守いおりを救わなければ、明日キミは死ぬことになる。さっきキミが経験してきたようにね。そして、音守いおりを救わない限り、何度だって繰り返される。キミは何度でも死に、何度でもこの朝に戻ってくる。それは事実だ」
「そんなこと……」
「信じても信じなくても構わない。ボクとしては、信じてほしいけれどね」
そう言って、あまねは立ち上がった。
そして、勝手知ったるといった風に恵太の部屋のクローゼットを開けると、中にかけてあった制服を取り出す。
そして軽く埃を落とすと、そのまま恵太に差し出してくる。




