第十四話
「……」
「……」
広がる沈黙。
いおりがカチャカチャと道具をいじる音だけが部屋に響く。
待っていろと言われた以上何かあるんだろうと思ってしばらく黙っていたが、いつまでたっても何かが起きる様子はない。
「なぁ音守」
「何?」
「俺は今何を待っているんだ?」
「夕ご飯」
「何だって?」
「夕ご飯」
「ちょっと待ってくれ、どういうことだ」
「御馳走する」
「御馳走?御馳走ったって……」
いおりが今作っているのは夕飯じゃなくて救急箱セットだ。
そもそも食べ物じゃない。
まさか全て仕舞い終えてからままごとよろしくはいどうぞと渡されたりするのだろうか。
恵太は好き嫌いなくなんでも食べる方だが、それはいくら何でも雑食がすぎる。
というか食べたら普通に死んでしまう。
もしかするといおりなりの冗談なのかとも思ったが、救急箱を見ながら、
「もうすぐ出来る」
と言われた日にはリアルに救急箱を食べさせられるのかと思って戦慄してしまった。
「や、やっぱりもう帰るよ」
「駄目」
「なんでだよ。何がお前をそこまで駆り立てているんだ」
まさか、トラックから庇うときにかなり強く抱きしめてしまったのが原因だろうか。
お父さんにも抱きしめられたことないのにとか、結婚するまでは誰にも抱き着かせないって決めてたのにとか思ってる系女子なのだろうか。
そんなことを思いながら様子を伺っていると、救急箱の整理が終わったらしく蓋をぱたんと閉じる。
それと同時に玄関からインターホンの鳴る音が聞こえてきた。
いおりは救急箱を持つと立ち上がって玄関へと向かっていく。
誰かと話している声が遠くから聞こえてきて、少しして戻ってきたいおりが手に持っていたのは、救急箱ではなくかなり大きめの漆塗りの桶。それもかなり高級そうなものだ。
「なんだそれ」
いおりが桶をテーブルに置く。
その桶の中には、色とりどりの魚介がまるで宝石のようにちりばめられた、一目で高級だとわかる特上寿司が所狭しと並べられていた。
誕生日などで寿司を食べたことはあるが、このレベルのものは見たこともない。
それこそテレビでレポーターやタレントが食べているのを見たことがあるくらいだ。
そんな高級寿司を、いおりは恵太の前に差し出してくる。
「全部食べてもらって構わない」
「いや構うわ。一体いくらするんだよこれ」
高そうなところで言えば大トロ、中トロ、ウニ、アワビ、変わりどころで言えばキャビアなんかもある。
そのほかにも定番と言われるネタは一通り揃っていた。
捌かれてまだ時間が経っていないのか、きらきらと輝いていて新鮮なのが一目でわかる。
そんなものがざっと四人前くらいあるのだから、この桶一つだけで恵太の一か月分の食費くらいにはなってしまいそうだ。
少なくとも高校生が頼んでいいような代物でないのは間違いない。
恵太が違う意味で引いていると、いおりが声のトーンを小さくして言った。
「もしかして、迷惑だった?」
「迷惑っていうか、さすがにこれは申し訳ないというか……」
いおりなりのお詫びなんだろうということはわかる。
でも、感謝の気持ちだとしてもかなりお金がかかっていることは容易に想像できてしまうので不安になってしまう。
だが、いおりは首を振った。
「無理はしてない。こんなことでしか感謝の気持ちを伝えることができないから」
そして、俯いてからぎりぎりで聞き取れるくらい小さな声で言う。
「それに、初めてだから」
「初めてって、何が?」
聞き返すと、躊躇いがちに伏せられた顔から蚊の鳴くような声が聞こえた。
「友達……と、一緒に食べるの」
そこまで聞いてようやく恵太は理解した。
そしてそれに気づくのと同時に、やきもきしていた自分が滑稽に思えて脱力する。
いおりは無表情のままだったが、その顔はどこか不安そうに見えた。
「もしかして、それでこんなに凄いものを用意してくれたのか?」
いおりは肯定も否定もしない。
ただ、物事をすっぱり言い切るいおりがそういう反応をするということは、つまりそういうことなのだろう。
なんだかおかしくなって、恵太は声を上げて笑ってしまった。




