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母の真実

 夫が余命宣告されて、まず最初にアンナの胸に浮かんだのは、将来への不安だった。

 大黒柱である夫が死んだら、いずれ家計は崩壊する。

 そうしたら、子どもたちはどうなるのだろう。


 簡単だ。飢え死にするか、盗人になるか。貧乏人が生き残るには、その二択しかない。

 いや……本当にそれしかないのだろうか?


 アンナは、顎に手を当てて考えた。


 貧乏人が生き残るには……ということは、逆に言えばお金さえあれば、解決するのだ。

 法律を破らずに、裕福になる方法——それは金持ちの家族になるしかない。


 この考えを思いついた時、アンナは強い拒絶反応を示した。蕁麻疹(じんましん)が出るほどだった。

 アンナは、夫のことを心から愛していた。彼以外と結婚するなんて、考えただけでもぞっとする。なので、一度はこの考えを忘れようとした。


 しかし、自分一人だけでは、到底子どもたちを養っていけないことも、わかっていた。

 結局アンナは、自分の感情よりも家族にとっての利益を優先した。


 富裕層が出入りする飲食店で、皿洗いの仕事を始めた。接客の方が金持ちたちに近づけることはわかっていたが、ホールに出れるのは、ある程度育ちの良い身綺麗なお嬢さんだけなので、仕方なかった。

 むしろ裏方とはいえ、自分のようなみすぼらしい女を採用してくれたことに、感謝すべきだろう。


 しかしアンナは、着飾ったりすることは出来なかったが、非常に恵まれた容姿をしていた。

 本人もそれを常に自覚していたが故に、あの作戦を思いついたのだ。

 自分の天性の美貌を武器にして、媚びを売りまくれば、金持ちの男に取り入れる可能性も、結構高いかもしれない——と。


 ある日、いつものように皿洗いをしていると、ウェイトレスの女の子たちのはしゃいだ声が聞こえてきた。

 巷で噂の大金持ちの旦那が、今この店に来ているのだという内容だった。


 耳をそば立てて盗み聞いたところ、その男は一人で来ているとのことだった。

 こんなに好都合な状況はない。アンナは、男が店を出る頃を見計らって、持ち場を離れた。


 男を懐柔するのは、思いの外簡単だった。彼はこれまでに見たこともないほど美しい女に声をかけられて、鼻の下をだらしなく伸ばした。


 その日から、アンナは何度か男と密会した。何度目かの密会の時に、アンナはこう言った。


 「私、実は既婚者で、二人の息子までいるの。隠しててごめんなさい。でも旦那はもうすぐ死ぬから……そしたらあなたと一緒になれるわ」

 彼女は、自分への嫌悪感に吐きそうになるのを堪えながら、男の腕にしなだれかかり、恥知らずに続ける。


 「私、あなたが好きでたまらないの。お願い。私と結婚してくれる?」


 この言葉に、男はすっかり気を良くした。


 「もちろんだよ。隠し事をされていたことは、ショックだけど、この際水に流すよ。俺は一生お前を可愛がってあげるよ。もちろんお前の子供たちも」


 アンナは、心の底からホッとした。

 良かった。これで息子たちが地獄を見ることはなくなった……。


 ジョーとウィリーには、光の道を歩んでほしい。この絶望的な世界の中でも、悪に堕ちることなく幸せに生きてほしい。

 それが彼女の唯一の望みだった。


 夫を裏切ったことを思うと、胸が締め付けられる。しかし、夫と同じくらい息子たちのことも、大切で愛おしいのだ。


 いつか自分には、罰が下るだろう。神様! その時が来たら、私は黙ってそれを受け入れます。私が子のためとはいえ、罪を犯したのが悪いんですから! どんなに残酷な仕打ちであろうと、耐えてみせます!


 ですからどうかお願いです。ジョーとウィリーが、いつまでも仲良くして——輝かしい人生を送れるようにしてください。

 ただそれだけが、私の望みです。

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