第1話 序曲
ある日家に帰ると、天井に包丁が突き刺さっていた。
普通ではあり得ない光景にしばらくその場所に突っ立っていたら後ろから情けない声がした。
「おーい、兄貴一人に荷物を持たせる気かー?」
両手にビニール袋を持ったままご機嫌斜めな顔をしているのが"火野町 太陽"自分の兄貴だ。
兄とは言っても血は繋がっていない。その辺の事情は分からないが、血は繋がって無い"らしい"。
随分と曖昧だが、去年15歳の誕生日に自分と兄を育ててくれた叔父から何の前置きもなく伝えられた。
勿論聞き返したが、話を上手い事流され何も聞けずに次の日叔父は家を出て行った。それ以来兄と2人で暮らしている。
そして、今その家が何者かによって荒らされていた。
「兄貴、家の中に誰かいる」
自分は出来るだけ小さな声でジェスチャーも交え、車の方へ後退りながら兄に伝えた。
それを察した兄は持っていたビニール袋を地面に置きこっちに向かってゆっくりと近づきジェスチャーで"ここで待て"のハンドサインを出した。
顔は先程までの緩さは消え、その場には緊張感が一気に張り詰めた。
静かに一歩一歩玄関に向かって歩く兄。季節は夏。蝉の声に紛れ、汗が顔から噴き出す。万が一に備え連絡用の携帯を取り出し、いつでも助けを呼べるようにした。
兄が家の中に消えて10分くらい経った頃、何食わぬ顔で兄がひょっこり出てきた。
「リビングにもキッチンにも異変は無かった。お前何を見たんだ?一応、居間と寝室も見たが誰も居なかったぞ?」
この男は目が下についているのか?それとも気づかなかっただけか?
玄関を潜れば否応なしに目に入ってくる"あれ"を見なかったのか?
「兄貴...玄関の"あれ"見たか?」
自分は焦る気持ちを抑え、兄に聞いた。
「"あれって"...何だ?何も無かったぞ?さてはお前俺を揶揄っているのか?」
確かに兄はいつもおちゃらけている。だがこの状況でふざけているとは思えない。
「天井に突き刺さった包丁を見なかったのか?あんな事自然には起こり得ない!誰かが家の中に侵入したに決まっている!!」
兄のキョトンとした顔と裏腹に自分は声を荒げた。
「...包丁が突き刺さってた?お前の見間違いじゃ無くてか?」
「兄貴こそ、見落としたんじゃ無いのか?あんなもん玄関開ければ嫌でも目に入って来るだろ!」
自分は今冷静では無いのかもしれない。この件以外にも最近、不思議な現象が身の回りに起こっていた。
家の中で黒い影を目撃した。
学校からの帰り道に何かに背中を押されトラックに轢かれそうになった。
家の周りで鳥やネズミが死ぬようになった。
正直数えたらキリが無い。
そして、この1件だ...。正直怖くて仕方が無かった。
もしかしたら"あれ"を起こしたのも人間じゃ無いのかもしれない。だけどそれ以上に今回は明らかに明確な敵意を肌で感じた。
本能が危険を察知した。
そんな自分を察してか、兄は身構えこう言った。
「一緒に確認しよう。お前は俺の後ろをついて来い。何かあればすぐに逃げろ」
また目が変わった。今度は自分も一緒について行く。嫌な予感がしながらも、自分と兄は玄関へと歩を進めた...。