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「秘密と秘密」

 波乱万丈の学校での一日を終え、俺とセイラは家に帰ってきた。

 今日ばかりはとても疲れたので、家に帰るや否や真っ直ぐ自分の部屋へと向かった。


「……疲れた」

 俺は、ベッドにうつ伏せになりながら呟いた。

「疲れたねぇ〜! 私もようやく解除できるよ……。結構疲れるんだよね、一日中能力使ってるのって。フヘー」

 セイラも、俺の机の前にある椅子に座って、ため息をつくように言葉を出した。

「成り代わり、そう上手くいくもんじゃないな……」

 俺は、起き上がりながらセイラにそう言った。

「うーん、そうなのかなぁ? 私としては、そこそこ出来てたと思うんだけど……」

 セイラは眉をひそめてそう言った。

「勘弁してくれ……。今日だけでいったい何個の黒歴史を製造したと思ってるんだ」

 考えただけでも恐ろしい。俺がやったわけではないとは言え、周りの冷ややかな反応、それを思い出すだけで身がもだえる思いだ。

「黒歴史、って何? キョトン」

「あー、そうだな……。黒歴史っていうのは、思い出したくもない過去、って意味だ。過去の恥ずかしいエピソードや、失敗のことだよ」

 ——ちょうど今日みたいなやつな!

「なんだそういうことか! それなら大丈夫だよ! グー」

 セイラが親指を突き上げた拳をこちらに向ける。

 ……彼女はいったいどこでこういう表現を身につけたのだろうか?

「……大丈夫って、何が大丈夫なんだよ」

 俺は近くにあったペットボトルをゴミ箱に向かって投げながら尋ねる。

「マサが人間に戻ったら、妖精だった頃の記憶は消えると思うから! ヒュー、ポン」

 ガコン、と音を立ててペットボトルはゴミ箱に入った。


「……は? どういうことだ?」

「今マサの身体を動かしているのは妖精のエネルギー、っていう話はしたよね? それは当然記憶に関係する部分を動かしているのもそうで、今のマサの記憶は主に妖精のエネルギーによって定着されているんだよ。だから、人間に戻って妖精のエネルギーがなくなったら、妖精のエネルギーによって留められていた記憶も一緒になくなるんじゃないかな、ってそういう話! フムフム」

「ま、待てよ!」

 俺は慌てて立ち上がる。

「そうしたら、一日でも早く戻らないとやべえじゃねえか‼ 妖精でいる時間が長ければ長いほど、人間に戻った時に空白になる時間が長くなるってことだろ⁉︎ そうなったら、戻ることの方がリスクがデカくなることだって考えられる‼︎」

 この言葉と同時に、俺の胸に何かもやっとしたものが生まれる。

 だが俺は、あえてその正体に触れることはしなかった。


「……ごめんね、もっと早く話しておけばよかった。でもね、全部が全部なくなるわけじゃないの! 大部分の記憶は妖精のエネルギーによって留められているけど、人間の身体にだって少しずつ定着しているはずだよ! だから、希望を捨てないで! ギュッ」

 彼女はそう言うと、両手で俺の手をとった。

 その手は温かくて、久しく感じていなかった人の温もりそのものだった。

「……そうだな、焦っても仕方ない」

 俺は静かにそう言うと、後ろによろけ、そのままベッドに仰向あおむけに倒れ込んだ。

「……地道に、人間に戻るための方法を探していくしかないな。」

 俺は、天井に向けて右手を突き上げながらそう呟いた。

「そうだよ! それに、記憶が残らないなら黒歴史? も残らないってわかったでしょ⁉︎ それは良いことなんじゃない? パチパチパチ」

「……いや、周りの奴らが覚えてるなら消えたことにはならないんだが」

 だがまあ確かに、自分が覚えていなければ思い出して悶えることもないわけだし、そうなれば、実際に存在しなかったのと同じと言えるかもしれない。


「……ねえマサ、この際だから聞いてみようと思うんだけどさ、」

 セイラが、声のトーンを一段落として尋ねてくる。

「……なんだよ改まって?」

「マサは、どうしてクラスの人を避けるの? どうして家族とギクシャクしてる部分があるの?」

「っ……!」

 思わぬ言葉に、俺は言葉を詰まらせ身体を起こす。

「過去に、何があったの?」

 セイラはまっすぐ俺の目を見て問いかけてくる。

 俺はその真剣な眼差しに、言葉を詰まらせる。

「……それ、答えなきゃダメか?」

「ダメ!」

 即答……。

「……なんだよ急に。そっとしておいてくれるんじゃなかったのか?」

「時には強引にいくことも必要なの! 過去の経験‼︎」

 もう逃さない、と言わんばかりにジリジリと前に詰め寄ってくる。

「……それに、もう他人事でもないしね。今、マサをやっているのは私なんだよ? ちゃんと知っておかなきゃ、マサとしての振る舞いなんてできるはずがないでしょ?」

 ズイっと身を乗り出して問い詰めてくる。

 確かに、このままでは成り代わり作戦は上手くいかないままだろう。

 もしかすると、俺の行動の裏にある考えを知ってもらうことで何か変化が起きるかもしれない。


「……わかったよ」

 俺は気圧けおされるようにそう言った。

 ……それに、なぜだかセイラになら話しても大丈夫だと思えた。

「……中一から高一の夏くらいまでの三年ちょいの間、父さんは単身赴任してたんだ。」

「たんしんふにん?」

「遠い場所で働くために、家を出て一人で住むこと。」

「なるほど、今の私に少し似てるね!」

 彼女は、納得した、というように手のひらに拳をポンッと打ちつける。

 似ているかどうかはわからんが……。

 ……考えてみれば、セイラについても知らない部分が多いんだよな。


 まあそれはさておき、と俺は咳払いをして続ける。

「それで、家は俺と妹と母親の三人になって、三人で役割分担しながら生活してたんだ。だけどある日、母親が倒れてね……」

 俺は遠い目で、過去の日々を見つめる。

「……それでもお父さんは戻って来なかったの?」

「いや、事態を聞きつけて一度帰ってきたよ。ただ、単身赴任ってのは仕事だから、ずっとこっちにはいられないんだよ」

「そうなんだ……」

「それで母さんもあまりアクティブに活動できなくなって、家事は俺がやることが多くなったんだ。……ただそうすると、学校の奴らとは行動原理がズレてきてな」

 俺は視線を落とし、腰の前で組まれた自分の手を見つめる。


「……もともと友達は多い方ではなかったけど、思春期に入る中学校ではわずかなことが致命的な変化を生む。部活にも入らない、遊びにも参加しない、服が汚れている、そんな、自分たちと違う価値観をバカにするクラスの空気に馴染めなくて、俺はますます孤立していったんだ」

 セイラはじっと俺を見つめたまま、黙って話を聞いていた。

「俺が中学で孤立していたことを、父さんはかなり気にしていたようだった。……自分の責任だと思った部分もあったんだろうな。帰ってきてからは俺に気を使ってばかりいるよ」


「……恨んでる?」

 セイラが慎重な調子で聞いてきた。

「……何を?」

「……わかんない、色々」

 恨んでいるか、か……。そんなこと俺にだってわからない。何かが違っていれば、もちろん結果は違っていただろう。

 しかし、だからといって何が違えばよかったのなんてわからない。全てを人のせいにするつもりもない。俺の行動によって変えられたものも、確実にあったはずなのだ。

 そこを棚上げしてまで、他人を恨む気にはならない。


「……いいや。誰かを恨んでなんかいない」

 そう、もし俺が誰かを恨んでいるとするなら、それはきっと、誰かなどではないのだ。

「そっか……」

 そう言う彼女の声は、いつにも増して優しかった。

「……マサは、家族が大好きなんだね」

 セイラが、フフッと笑いながら言う。

「……なんだよそれ」

 最初の感想としては少々意外な言葉だった。

 それ故か、なぜだか返す言葉が見つからなくて、それ以上の言葉は出せなかった。


「うん、なるほどね! スクッ」

 セイラは思い立ったように立ち上がる。

「なんだよ……」

「マサ! 今度の休みにさ、服を買いに行きたい!」

「は?」

 ——どういう思考回路?

「だから、今度の休みに買い物っていうのをしてみたいの! 付き合ってよ! ニッ」

「お前、今の流れでなぜ……?」

「なんでも良いじゃん! 今日学校で、クラスの女の子が服の話をしてたんだよね。それで私も、人間の服を着てみたいなって思ったの! ウズウズ」

「……無茶苦茶だ」

 俺は目を輝かせるセイラの前で、頭をもたげながら項垂うなだれる。

「私の姿をそのまま人間に認識できるようにするから、マサは自分の心配はしなくていいよ? ただ一緒に居て、色々教えて欲しいの! これなら問題ないでしょ‼︎ ペカーッ」

 問題はある気がするのだが……。別に俺、女の子の服について詳しくないよ、とか、お金誰が出すの? とか。


 ……だがまあ、辛気臭しんきくさい話をした後にこんな話を持ち出すのも、彼女なりの気遣いなのかもしれない。

「……わかったよ」

 俺は、やれやれ、という調子で彼女の優しさを受け取ることにした。

「やったあ‼︎ ワーイ」

 彼女は飛び跳ねて喜んだ。


 さっき感じたモヤモヤ、あれはきっと、半分の嘘だ。

 人間に戻った時のことを心配しているというのは半分。もう一つの理由が別にあった。

 そしてそれは、彼女との時間を忘れたくないという気持ちなのだと思う。


 俺はそんなことを思いながら、飛び跳ねる彼女を眺めていた。


 この時の俺は、油断していたと言わざるを得ない。

 俺は忘れていたのだ、俺の想像を遥かに上回る、彼女の異常なまでの好奇心を。

 ……そして何より、俺は人間で彼女は妖精。俺は彼女のことをほとんど知らないのだということを。

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