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「初めての登校」

 サーッと風が身体を通り抜ける。

 緑の匂いの混じった少し湿った風は、積み重なった夏の記憶を刺激する。

 木々から漏れる光は心にまで差し込むように眩しく、キラキラと輝く木漏こもれ日はまるで暗闇にきらめく希望のように感じられる。


 俺はいつもの自分だけのお気に入りの場所に腰をかけ、少しノスタルジックな気分になりながら、自分で握ったおにぎりを口に運んだ。

 目の前に広がるのは慣れ親しんだ中庭の光景だが、カメラをこちらに向ければそこには見慣れない光景が映る。

 俺の横には、足をパタパタさせた可愛らしい女の子が一人座っていた。

 その手には自家製じかせいシャケおにぎりが握られ、ふぇー⁉︎ とか、きゃー⁉︎ とか、何やら興奮した声をあげながらそれを頬張っている。


 セイラの初めての登校は、想像していた通り大波乱だった。

 同じ服装をしている人間が同じ道を歩いていく姿を面白がったり、これまで入ったことのないような大きな建物を見て驚いたり、終始しゅうし興奮しっぱなしだった。

 だが問題は、玄関から教室に向かう途中で陣内海斗に遭遇してしまったことだった。


「よ! おはよ!」

 いつものように爽やかに挨拶してくる陣内にセイラが、

「あ、おはよう‼︎」

と元気に返事を返してしまった。

「——ちょっと待て!」

 俺は例のごとく、あわててセイラの動きを制した。

「挨拶するならもっと俺らしく! もう少しテンション低そうに、相手にするのを面倒臭がっている感じで頼む!」

 普段は、こういう場合無視をしているのだ。びっくりマークのつくような挨拶に至っては、もう何年もしていない。人間関係を変えていくにしても、もう少しゆっくり頼みたいところだ。

 そんな俺の動揺をよそに、セイラは「なんで?」というような怪訝そうな顔を向けてくる。

 しかし、それよりもキョトンとした顔を向けているのは陣内海斗だ。これまで数えきれないほど俺に無視されてきたのだ、無理もない。

 それにも関わらず陣内は不気味がったりすることはせず、むしろ少し嬉しそうに笑いながら続けた。

「……なんか、今日はいつもと違うな! なんか良いことでもあったのか?」

 なんなんだコイツ、まじで超イケメンじゃねえか!

「え⁉︎ 違う⁉︎ しまった〜‼︎ ガーン」

 いつもと違う、という言葉に反応したセイラが自分丸出しで反応してしまう。

「おい! 俺の姿でガーンとか言うな!」

 焦てる俺を見たセイラが、慌てて弁明べんめいを始める。逆効果の弁明を。

「ち、違うよ! ぼ、僕、えーと、今テンション低いんだ……。テンション低いから、相手するの、面倒臭いんだよね……」

 声色を低くしてモノマネをするかのような雰囲気で言うが、一つも似ていない。

 だんだんと周りに、何事かと足を止める人が増えてくる。その中には神林咲の姿も見える。

 俺はこの場から離れようと、セイラの腕をとり走り出した。

「行くぞ!」

「え⁉︎ ちょっ⁉︎ マサ⁉︎」

 キョトン、とする海斗や観衆かんしゅうを置いて、俺たちはその場から離れた。


 そんな事件を起こしてしまったため、クラス内での俺の注目は高まり、より不自然な仕草しぐさが目立ってしまう状況になってしまった。

 そんな状況になってることもお構いなしに、セイラは授業中歩き回ろうとするし、先生に指名されても上手く答えられない。その度に、クラスのメンバーは静かにざわついていた。

 ……そりゃ青い空でも眺めたくなる。


 にも関わらず、この爽やかイケメン陣内は休み時間になる度に俺に話しかけてきた。こんなにりない奴も珍しいものだ。

 ……もっとも、今や半分妖精の存在である俺の方が珍しいだろうが。


 ともあれ、彼が話しかけているのは俺ではなくセイラである。彼女は陣内の親しげな声掛けに対して好意的に応えてしまう。

 仲のいい友達であれば何一つ不自然なことはないが、今までずっと無視を決め込んでいた俺の反応としては不自然すぎる。

 しかし俺がそれを指摘すると、朝の時のような取ってつけたような下手な芝居が始まり、より不自然な会話が誕生するのがオチだった。

 正直、うまく対応できるのであればいくらでも話してもらって構わない、と思い始めている自分もいる。

 実際はまだ信用できないところもあるが、こいつはいい奴だ。それだけは、とてもよく感じられるのだ。

 ……咲が好きになる理由もわかるってもんだ。




 ——そんなドタバタした午前を終え、今に至る。

 お昼休みの時間がこんなにもありがたく感じたのは久しぶりだ。

 俺は木の葉から漏れ出る光を見上げながら、フーッと深呼吸をした。


「ねえマサ、学校って楽しいね‼︎ エヘヘ」

 前触れもなく、セイラが笑顔で言う。

「……楽しいところ、か」

 俺にとって学校は、ずっと気まずい空間だった。

 うまく友達を作れなかったからか、学校にいる間リラックスできる時間はなかった。常に、どう過ごしたらこの「学校」という環境で周囲に擬態できるかを考えて過ごしていたのだ。

 学校に馴染んでいるように見せ、独りではないフリをして、胸の奥で感じているどうしようもない孤独から、自己と他人を欺くように過ごしてきた。

 だから、俺にとって学校というのは、いつ何時も油断できない、猛獣もうじゅうの住むジャングルのような場所だったのだ。


「マサ? どうしたの?」

 怪訝けげんな顔を浮かべる俺を見て、セイラが覗き込むようにして声をかけてきた。

「……いや、何でもない」

 俺は誤魔化すように表情を変え、セイラにそう言った。

「そっか、ならいいや! ニシシ」

 セイラは何か、含みのある笑顔でそう言った。

 彼女のことだ、俺の嘘なんてすぐに気付いたのかもしれない。

 しかし、俺は彼女の優しさに甘えることにした。


「……呆れた、またこんなところで一人でご飯?」

 横から声がして、俺とセイラは首を回した。

 するとそこには、腕を組んだ黒髪ロングの清楚系せいそけい女子高生、神林咲が立っていた。

「……マサ、この人誰?」

 セイラが、顔を咲に向けたまま小声で尋ねてくる。

「同じクラスの神林咲。……一応、俺の幼馴染ってやつ」

「え! じゃあ友達じゃん! 咲ちゃんっていうのね!」

「咲ちゃん⁉︎」

 セイラが大きな声で言ったため、神林が驚く。

「——おい!」

 俺はたまらず立ち上がり、口の前に指をたて「シーッ」というジェスチャーをする。

「なんで? またこの人も友達じゃないの⁉︎ キョトン」

「いや、まあ友達だけど……。そういう距離感じゃないというか、なんというか……」

 とにかく早く口を閉じてくれないかなぁ!

 そんな気持ちが急いて、俺も動揺してしまう。

「とにかく俺は、咲ちゃん、なんて呼び方はしない! 「ちゃん」を取れ「ちゃん」を‼︎」

「えー、だって可愛いじゃん! 咲ちゃん‼」


 ——ぎゃああああ‼︎

 慌てて振り返ると、神林咲は身体を捻りながら、胸を隠すように腕を組み、引きつった表情でこちらを見ていた。

「なに⁉︎ いったいなんなの⁉︎」

 そう言うと神林は後ろへ振り返り、走って逃げていってしまった。

「あれ〜? 咲ちゃ〜ん‼︎ おーい!」

 俺は両手で顔を覆いながら下を向き、深くため息をついた。


 ……最悪だ。

 俺は、あれれ〜? と首を傾げるまっすぐな少女の声を聞きながら、静かに項垂うなだれた。


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