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プロローグ 「ある男子高校生の嘆き」

「俺も前まで、人間だったのにな……」


 俺——鹿野雅紀かのまさのりは、教室の窓から空を眺めてそう呟いた。

 俺の通う泉山いずみやま高校は、神奈川県の西の比較的自然が豊かな場所にある。東京に出るよりも箱根や小田原といった観光地に行く方が早い、そんな場所である。


 この泉山高校では、学年が上になるにつれて教室の位置が下がっていく。一年生は三階、二年生は二階、三年生は一階といった具合である。

 だが、俺はそれが気に入らない。

 一階は下駄箱が近く便利という意見もあるが、俺からしてみれば一階から三階までの全ての生徒が行き交う騒がしい廊下がすぐ横に位置し、湿度も高く日の光も入りにくい一階など、まるで良いところではない。

 なぜわざわざ高校最後の一年間をそんな場所で過ごさなくてはならないのか。俺は逆が良かった。


 ともあれ、何にも遮られることなくこの澄んだ青い空を見られるのも今年が最後になるだろう。

 俺はそんなことを思いながら開いた窓から顔を出し、吹き抜ける夏の香りを目一杯に吸い込んだ。


 教室では今、四十名ほどの学生が授業を受けている。

 すでに授業は四限目。お昼前でお腹を空かせた学生たちは、授業が終わるのを心待ちにしながらそれぞれの面持ちで授業に臨んでいる。

 集中力が切れよそ見し始める者、お昼休みの購買競争に備えエンジンをあたためている者、背筋をピシッと伸ばし真面目に先生の話を聞いている者。

 こういった人間観察が、俺は嫌いじゃない。むしろ好きだと言える。人の表情や発言、行動からその人の人間性を見出し自分と友好的な関係を築けるかを判断する。多くの人間は、無意識のうちにそんなことをしているはずだ。


 ……だが俺にとっての人間観察は、味方を見つけ出すためのものではない。敵を見つけ、そこから距離を取るためのものだ。友好的な関係を見つけ出すよりも、自分にとって危険な関係を避けることの方が俺にとっては重要なのだ。

 それは時に寂しいこともあるが、何となく誰にでもいい顔をできる器用さを俺は持ち合わせていないし、そんなことはしたくない。それが、俺の人間性なのである。


「……って、もう人間ではないんだけどな」

 俺はどこか嘲笑するように呟いた。


「——よし鹿野、この問題やってみようか」

 白昼夢はくちゅうむを切り裂くように、先生の声が耳に入ってきた。

 見ると、先生が黒板に書いた問題を指差しながら俺に問題を解くよう求めている。

「しまった!」

 俺は慌てて廊下側にある自分の席に戻る。

 一番廊下側の列の前から三番目。そこが俺——鹿野雅紀の席である。

 そして今、そこに俺は座っていない。


「ん? どうした鹿野?」

 先生が俺の席に向かって声を掛ける。


 繰り返すが、俺の席は廊下側にあり、廊下と反対側の窓でのんきに空を眺めていた俺は、もちろんそこに座っていない。

 それにも関わらず、英語のおじさん先生は俺の席に向かって話しかけている。

 そこに座っている、俺ではない中学生くらいの女の子に話しかけている。

 先生の呼びかけに応えるように、俺の席に座っている金髪の少女は慌てて手をあげた。


「あ、しまった‼︎ はーい! えっとそれは……」

「——待て待てストップ! セイラ、ひとまず喋るな!」

 俺は大きな声でその言葉を制する。

 すると、俺の席に座っている彼女が振り返り、

「あ、マサ! あのね、おじいちゃんがあの文字を並び替えろって言うの。なんて答えたらいい? コテン」

と言う。

「模様? ……ああ、単語の並び替え問題か」

 俺は黒板に書かれた単語を見て状況を把握する。

 しかしすぐに、もっと重要な問題があることを思い出す。

「——ってかお前、喋るなって!」


「……どうしたんだ鹿野? また一人でペチャクチャと……」

 不思議そうな顔をして先生が言う。あたりを見回すと、周りのクラスメイトも俺の奇妙な行動にざわついていた。

「……最悪だ」

 俺は、目の前でニコニコと笑う少女をよそにうなだれた。


 ……誰かに聞いてもらいたいくらいだ、今のこの苦悩を。

 もう誰でもいい。話すと長くなるが、できるだけ簡潔に話すので最後まで聞いてくれ。


 俺——鹿野雅紀は、訳あって人間ではなくなってしまった。

 今の俺は、人から姿を認識してもらえない。

 授業中に席から離れ空を眺めていても、クラスの中で大声で出しても、誰も俺に気づかない。見えないし聞こえないのだ。

 街の中でだってそうだ、家でだってそうだ。


 もし、少しでも不憫ふびんに思ってくれたのなら聞いてくれ……。

 人間から妖精になってしまった、この俺の物語を。


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