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【3分で読める怪談】プール

作者: 薫 サバタイス





H県の、ある市立小学校に、はじめて専用のプールができました。


一昨年から続いていた工事が、やっと終わったのです。


それまでは、マイクロバスで15分かかる、民間スイミングスクールのプールを借りていました。


しかし、やはり小学校にプールは必要だという保護者の声を受け、1億5000万円かけて建造されたのです。


2階建てで、1階が更衣室、2階が50メートルプール。


しかも屋根つき。


透きとおった水で満たされた、真新しいプールを見たときの子供たちの歓声。


まさに小学校関係者たちが、自分たちのなしとげた仕事に誇りを覚えた瞬間でしょう。


しかし、プール開きから1ヶ月ほどして、いたましい事故が起こります。


そのプールは最新式。


プールの片側が浅く、反対側に行くにつれてだんだん深くなるというふうに、底が傾斜していました。


一番深いところは1.5メートルの深さ。


そのため、小学校低学年の子供たちが入るときは、深い方へ行かないよう柵がしてありました。


しかし小学2年生の水泳の授業中、担任の先生が目を離したほんのわずかな隙に、立花優くんが溺れてしまったのです。


子供たちの騒ぐ声で気づいたときには、もう優くんはプールの底に沈んでいました。


10分後、到着した救急隊員によって、懸命の心肺蘇生がほどこされます。


しかし誰の目にも、奇跡でも起こらないかぎり、優くんが再び目覚めることはないのは明らかでした。


そして、奇跡は起こらなかったのです。


病院へ駆けつけた優くんのお母さんが目にしたのは、うつむくお医者さんと看護師さんたち、それからベッドに横たわり、プールの底のように冷たくなった優くんでした。


お葬式、学校への責任追及、マスコミ対応などなど。


考える時間もないほどさまざまなことが降りかかってきましたが、優くんのお母さん、お父さんは立派に対処しました。


でも、ふとした瞬間に、お母さんの目から大粒の涙がこぼれます。


人前では泣くまい、そう思えば思うほど感情がほとばしりそうになるのです。


学校側はきちんと謝罪してくれました。


担任の先生も涙を流し、額を地面にすりつけんばかりに謝ってくれました。


市も責任を認め、市長は「できるだけのことはさせていただきます」と記者たちの前で言いました。


でも、優くんは戻ってきません。


お母さんは今でも耳をすますと、優くんの「お母さん!」と呼ぶ声が聞こえる気がするのです。


ダイニングテーブルで、お父さんと向かいあって食事しているとき、ニ人の間に座る優くんが見える気がするのです。


子供部屋のベッドをのぞいたら、今でも優くんが眠ってそうな気がするのです。


あのプールは事故以来、閉鎖されています。


だからでしょうか、優くんに会えるような気がして、お母さんはプールへかようようになりました。


建物には入れないので、プールのある2階を下から眺めます。


ガラス窓の向こうのプールで、優くんは苦しかっただろうな、お母さんに助けてほしかったんじゃないかな、助けてあげられなくてごめんね、そばにいてあげられなくて、ほんとうにごめんね……


涙がとめどなく流れます。


毎日毎日、何時間も何時間も、プールを見上げます。


すっかり暗くなった頃、お父さんが迎えに来て、二人でとぼとぼ家へ帰るのです。


そんな日が続きました。


真っ暗闇を這っているような、長い長い時間が過ぎ、やがて優くんの一周忌が終わります。


学校の方ではいろいろ議論はされたようですが、水泳の授業が再開されました。


再びプールに活気と歓声が戻ります。


仕方ないことだし、むしろそうあるべきだ。


自分だっていつまでも悲しみに暮れているわけにはいかない。


優くんだって、そんなこと望んでないに決まってる。


もちろん、わかっているのです。


でも、優くんに……もう一度、会いたい。


もう一度。


お母さんはあれほど毎日続けていたプールがよいをやめてしまいました。


ガラス窓から漏れる子供たちの声を聞くのがつらいのか、それとも涙が枯れはてたのか。


お母さんは布団から一歩も出られなくなりました。


まるで刈りとられた稲のように、横になったまま。


そして、ある日の早朝、プールサイドで首を吊っている優くんのお母さんの姿が見つかりました。


1階のガラス窓が割れていたので、そこから侵入したのでしょう。


遺体を引きとりにきた優くんのお父さんは、肩を落とし、一言もしゃべらなかったそうです。


プールは再び閉鎖になりました。


まもなく、同じ敷地内にある小学校の校舎で、突然、子供たちが泣き出したり、教室の窓から飛び下りたりするケースがあいつぎました。


幸い、大きな事故にはいたらなかったものの、保護者たちはあれこれ噂します。


毎日プールへかよう姿を気味悪そうに見たり、新築プールにケチがついたとみんなで話したりしたことがあったので、やましい気持ちもあったのかもしれません。


呪いだとか復讐だとか、ヒソヒソ話す人もいました。


噂が影響したのかどうか、半年後、プールの解体が決定されました。












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