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闘争の果て


 合図と同時にメノスは無能者へと突っ込んだ。

 無防備な突進、完全に相手を見くびった攻撃だった。

 それでもさすがと言うしかないのだろう。

 メノスは無能者の振った剣を難なくかわし槍の穂先を無能者の頬にかすめさせた。


「へぇ、よく避けたな。脳天にかましてやろうかと思ってたのによ。」


 メノスの言葉は本心であってもそのつもりは無かったのだろう。

 槍が放たれる速度と威力に差がみられた。

 相手を倒す意図のない攻撃であったように感じられた。


 最初からわかっていたことだが楽に負けることはできないらしい。


 メノスは素行が悪く銅級に留められているが実力だけで言えば銀級と差異はない。

 只人には敵わない人豚の討伐はもちろんのこと、名無しの戦士が束になっても敵わない火蜥蜴を討伐したと自慢していたこともあった。

 戦神の加護を得たものは英雄へ至ることができるとは言われているが皆それに見合うだけの偉業を成し遂げている。

 

――――その偉業とやらに無能者の討伐ものることになるのだろうか。


 繰り出される槍の連撃をなんとか凌ぐ。

 体力を削ぐつもりなのかメノスは明らかに手を抜いている。

 無能者の体には擦り傷が増えていった。


「ほらどうした、どうしたぁ!守ってるばかりじゃ負けちまうぞ!」


 こみ上げる息は熱く喉を焼く、剣を持った手は痺れて感覚を失いそうになる。


 不意の油断だった。

 額に向けられた穂先を躱しきれずに後ろに転ぶ。

 すかさずメノスは無能者の顔に蹴りを入れた。


 天地がひっくり返るような衝撃。

 実際そうであったのだろう。

 無能者の体は後方に吹き飛び壁に激突する。


「っあ、がっ!」


 背を撃った衝撃で肺が破裂しそうになりたまらず声を上げた。

 遅れてやってきた痛みに悶絶し顔を覆った。

 目はうすぼんやりとぼやけろくに見えはしない。

 背を突き抜ける痛みは手足に伝わりまともに立てもしない。

 それに立ってどうするというのか。

 もはや剣を持っているかも自覚できていない。


「もう少しはやれるものだと思っていたんだがな。まぁ、所詮無能者はこんなもんか。――――ああ、てめぇのせいでまるで俺が弱い者いじめをしているようじゃねぇか。」


 足跡を鳴らし近づいてくるメノスに立ち向かおうと剣を探す。


「ああ?なんだ、見えてねぇのか?ほらこっちだ、こっち。」


 メノスは槍を地面に引きずり音を鳴らす。

 朦朧とした意識に考える余裕は残されていないかった。

 無能者はメノスの思惑通り音に引き寄せられるようにその方向へと向かった。

 おぼつかない足でふらつきながら、転んでも地べたを這って剣を探す。


「はっ……はははははは!まじかよお前!」


 上機嫌になったメノスは再び無能者の頭部に蹴りを入れる。

 血が飛び散り少し冷静になれた。

 冷静にはなれたが自分が何をしているのかがわからなくなった。


――――なぜ俺は地べたに這っているんだ?


 よろけた先で剣に手が触れた。

 触れたはいいが握る力が入らない。


――――なぜ俺は剣を探していたんだ?


 これは加護の有無を確かめるための決闘。

 無能者にとってはこの組合に残り、生きていくための決闘。

 加護がないのならそれでもいい。

 最初から負けるつもりでこの決闘に挑んだはずだ。


――――もう十分だろう。加護もないのによくやった。


「お前もよくやるぜ。加護があるかもわからないのに俺様と戦うことになるなんて。でも仕方ないよなぁ?これは神々の恩恵をもらえなかったお前が選んだことの結果なんだからなぁ。」


 動けなくなった無能者にメノスはゆっくりと近づいた。

 メノスの言った通りこれは無能者が選んだ結果だ。

 この選択に後悔はない。

 それでもこんなに心痛むのは多少なりとも罪悪感があるからなのだろう。

 やはり無能者には勇者の願いを叶えることはできはしないのだ。


 膝をつき脱力する無能者にメノスは槍を振り上げる。

 もはや剣を握る気力さえ残されてはいない。

 メノスもこの一撃で終わらせる気なのだろう。

 槍は空を斬り鈍い音をだした。


「負けるな!」

「――――!」


 声に動かされるように剣で振り下ろされた槍を弾いた。

 何が起きたかわからないように驚いた表情をするメノス。

 驚くのも無理はない、無能者自身何をしたのか理解できていないのだから。


 それでもこの場所に居るもので無能者に負けるなと口にする人間は一人しか思い当たらなかった。

 声のする方へと振り返ると勇者がいた。

 ぼやけた視界、それでも威風堂々たる姿は周りの観客と比べても一際目立っていてすぐにそれが勇者だと気づけた。


 顔をぬぐうと服に血がしみていた。

 焦点が定まりようやくまともに目が見えるようになってきた。

 観客の後ろで教国の人間たちが慌てているのを見るに勇者がまた勝手に動いたらしい。


「負けるでない!そなたは言ったはずだ、変えていけるかと!だったらうつむいてなんかいないで顔を上げよ!そなたはまだ何も見ておらぬではないか!!!」


 何も見えていないなんてことはない。

 現実なら見えている。

 これが加護のない人間とある人間との違いだ。

 自分の身一つを守ることで精一杯、攻めに転じることもなくやられ放題じゃないか。

 さっきメノスの槍を防げたのもたまたまで――――


 

 本当にそうだろうか?

 それを偶然とだけ決めつけてよいものだろうか?

 加護を得た人間はそれだけで身体能力が上がったり特殊な技能を身につける。

 加護のない人間との身体能力の差は天と地ほどかけ離れている。

 たとえ手を抜かれていたのだとしてもメノスは戦神の加護の持ち主だ。

 今まで依頼をこなし経験を積んだ人間の一撃を、そう簡単に防げるだろうか?

 


 メノスに追撃の気配はない。

 何かを警戒しているように無能者を見つめて動かない。

 メノスにとっても決めの一撃を防がれるのは予想外の出来事だった。

 加護がない人間との戦闘はメノスも初めてのこと、自分の攻撃が防がれるとも考えていなかったからこそ今まで無理に攻め続けることができた。


 メノスには考えなければならないことが二つあった。

 無能者が無能者でなくなったのか。

 それとももとから自分の攻撃を防げる程度には無能者が強かったのか。

 それでもやはり後者はあり得なかった。


 メノスには今までの戦闘の経験がある。

 もちろんそこには同じ加護もちの人間との戦闘もあった。

 目の前にいる無能者にはほかの人間と戦った時の重みがなかった。

 さっきは軽く蹴ったつもりが壁まで吹き飛んだ。

 だったら加護が発現したのか?今、あの瞬間に?

 それはメノスにとって、それだけでなくこの場にいるすべての人間にとってもあり得ないことだった。

 過去の経験が、そして自尊心がメノスの疑念を揺らがせた。

 


 

 加護があるとは言っても同じ人間だ、体力の差はあれど人間としての機能は同じ。

 攻撃を続けてきたメノスが疲労していないわけがない。

 度々会話を交えようとしてきたのもその疲労を回復するものだったとしたら?

 ……希望的観測、そんなものは空想だ。

 それに、こんなことを考えてどうしようというのだ。

 


 まさか勝ちたいとでも考えているのか?



 どうしてそう考えてしまうのかわからない。

 勝つことなんて頭のどこにもなかったはずだ。


――――ああ、くそ。勇者の顔を見たせいだ。


 揺らぐことのない信念を持った瞳。

 それを見たせいで勇者の言葉を思い出してしまった。

 勇者は無能者が勝つことなんて信じてはいない。

 だが無能者が諦めないことを願っている。

 心折れることを許してはくれない。

 

 勇者の願いなんて知ったことか。

 信じているなんて身勝手にもほどがある。

 そんな思いとは裏腹に力が湧いてくる。

 

 無能者は立ち上がりメノスに剣を向けた。

 これでいいんだろと言いたげに無能者は勇者を見た。

 そうして勇者は満足げにうなづくのだ。


「・・・おい、おいおいおいおい!なによそ見なんかしちゃっってるわけ!なに立っちゃったりしてるわけ?なに剣なんかかまえちゃってるわけぇ!?ちっがうだろお前はぁ!?地べたを這いずって惨めに生きているのがお前だろぉ!?」


 メノスの言っていることは正しく思えた。

 それでも正しいだけだ。

 それは無能者の正しさではない。


 加護がなかったから組合に来たのではない。

 何者かになるために冒険者になったのではない。

 この世界を自由に歩きたくて俺は冒険者になったはずだ。


 加護の有無などもはや関係ない。

 俺は冒険者だ、未知と冒険を求める冒険者だ。

 この決闘にもはや意味などない。

 勝つ意味はないが、負けてやる理由もない。


 今はただ、子供のころの自分のちっぽけな夢くらいは叶えてやろうじゃないか。

 


「ああ、そうだ。俺は何も履き違えてなんかいない。それはメノス、お前の方だ。」

「はぁ?俺が何を履き違えてるっていうんだ!」

「たとえ惨めだろうと、たとえ地べたにはいつくばってでも、何もない乾いた人生を泥水をすすって生きるのが俺だ。――――勘違いをするなよ、俺は三流以下かもしれないが、お前との差なんて加護の有無だけだ。たったそれだけのことで、畜生に劣る意味などない。」

「――――はっ、ははははは!何急に粋がってやがる?俺がお前に劣る?そんなわけがあるものか!!」


 メノスは高笑いしながらも強い眼光で無能者を睨んだ。

 メノスにとっては無能者はその辺にある石ころも同じに見えているのだろう。

 そんな石ころに攻撃を弾かれただけでなく罵倒を浴びせられた。

 たとえどれだけ自分が上だと認識していても、それはメノスにとっては何にも勝る屈辱だった。


「本当に面白いことを言いやがる。……だが俺を畜生と呼びやがったのは聞き捨てならねぇ。おい、芥……吐いたセリフは飲み込めねぇぞ。そんなに死にてぇなら決闘の決まり事なんてもう知ったことか――――いいぜ、望み通り殺してやるよ。」


 言葉の通りなのだろう。

 これから始まるのはもはや決闘ではなく死闘だ。

 見届け人であるエルガレドもそれはわかっているだろうが止める様子はない。

 この死闘はどちらかが動けなくなるまで止められることはないのだろう。


 もう泣き言はなしだ。

 そのためにメノスを煽ったのだから。


 感情的になったメノスだが単調な攻撃はしかけてこないだろう。

 メノスの行動理念、無能者を痛めつけるという目的は変わっていないのだから。

 よりそれが確実になる手を打ってくるはずだ。

 獲物を追い詰めるように、執拗に攻撃を続けてくるはずだ。

 無能者の打つ手は変わりはしない、無能者はただ耐えなければならない。

 ただ一つ違うことと言えば、メノスに一矢報いるために耐えるということだけだ。


 

 距離を詰めるメノスに一定の距離を保つ。

 メノスの目はどこを見ている。

 槍の穂先と柄が直線になるように剣を構える。

 メノスの槍の速度は目では追えない、だったら剣先からでも軌道の予兆を感じ取ればいい。

 大きく弾く必要はない、反撃をするつもりはないのだから逸らすだけでいい。


「……っちぃ!」


 苛立ちと困惑を隠せないメノスの攻撃の手が緩む。

 ようやくメノスに見え始めた疲労。

 今までの余裕を保った表情はそこにはない。

 メノスに焦りが見受けられるようになってきた。


 無理もない。

 ここまで攻撃の手を緩めることなく攻め続けてきた。

 余裕な決闘だった、いつでも倒せるはずの相手だった。

 それが予想外の抗いを見せているのだから。


 眼だ。

 その眼が気に入らない。

 メノスにも無能者が何かを狙っているのはわかっている。

 それでもメノスにはその眼がまるで自分に勝てるとでも言いたげに見えて苛立ちを隠せなかった。


「なんだよその眼は!いつもみてぇに暗ぇ顔しとけばいいんだよ!てめぇはぁぁ!」


 一気に間合いを詰めるメノス。

 直情的で直線的、誰が見ても甘い攻撃だった。


 疲労と焦りからくる安易な一撃。

 煽り、そして耐え続け待った一瞬。

 焦ることはない、この刹那に神経を研ぎ澄ませていたのだから。


 

 無能者が振るった目一杯の一撃はメノスの腹部に吸い込まれるようにめり込んだ。

 肉を打つ確かな感触が手に伝わり鈍い音が遅れてやってくる。

 騒然とする修練上に音は響き、メノスの叫び声が音のすべてを塗り替えた。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!いってぇぇえぇ!」


 悶え苦しむメノスの手からは槍が手放されている。

 この状況ではったりや誘いではないだろう。

 手には感触が残っている。

 この状況は幻や白昼夢ではない、現実だ。


 メノスの転がった方向へと歩み寄る。

 まだ決着はついていない。

 体力も限界が近い、今にも糸が切れた人形のように倒れそうだった。

 あと一撃入れるだけですべてが終わる。


 足を引きずるような歩き方を止め、地面に足でしっかり踏みこむ。

 歩く速度は徐々に早くなり駆け足に変わる。


――――あと少しだけ……もってくれ。


 祈るように自分の体に訴えかける。

 メノスが動く様子は未だにない。

 メノスとの距離はもう目と鼻の先。

 勝利を確信したその時だった。



 左足に何かが絡みついたような感覚がしてバランスを崩す。


「――――っぐ!」


 勢いを殺せず無能者は顔から転倒する。

 痛みはなく、メノスが何かしたわけでもないはずだ。

 体力の限界が来たのか?

 いいや、どうもそんな様子ではない。

 

 手には力が入る、思考も鮮明だ。

 なのに左足の感覚が鈍く、そして重くなっていく。

 何が起きているかもわからず地面に突っ伏した。


 頭上に影が差しメノスはゆっくりと立ち上がる。

 試合はまだ終わっていない、右足の膝を立たせ手で体を持ち上げる。

 なんとか体を起こしメノスを見上げた。


 ――――そして答えを得た。


 メノスは笑みを浮かべ無能者を見下ろした。

 そこに先ほどまでの動揺した様子はなく、何かを確信しているかのような余裕が見て取れた。


 腑に落ちた、というのだろうか。

 驚きがないあたり、やはりという思いしか出てこない。

 決闘前にエルガレドが訪れたのも、要請と言いながらこちらの意志を確認してきたのも、わざわざ警告してきたのもようやく理解できた。


 無能者は自らの左足を見た。

 足に絡みつく黒い手のようなもの、それは無能者の影から出ていた。

 呪術師が拘束の魔法に似たものを使えると聞いたことがあるが、おそらくこれがそうなのだろう。


「――――がはっ。」


 メノスの振り下ろした槍の柄が背を打った。

 無能者は地面に叩きつけられ顔をぶつける。


「ふっ、はははは!まさか無能者が俺に勝てると本気で思っていたのか!?」


 メノスは笑い声をあげながら容赦なく槍を振るう。

 一方的な暴力に抗う力は残っている。

 ここから立て直すこともできるかもしれない。


 ――――だが、それをしていったいどうなるというんだ?


 あからさまな不正、この会場にいる者のなかにも気づいている者はいるのだろう。

 それを指摘する者がいないあたりここにいるものは全員知っていたのだろう。

 メノスは保険をかけていた。

 もしも無能者が加護を持っていたら、万が一にも自分が負けることのないように。

 

 これは演劇だ。

 無能者として生まれた人間がどう生きなければならないか、そこに希望も救いもないことを知らしめるための。

 誰のためでもない見せしめだ。


 ――――ああ、何をやってるんだ、俺は。


 こうなることはわかっていただろうに。

 決闘が始まってすぐに負けていればよかったものを。

 それで十分だったはずなのに。

 勇者の顔を見たせいで……いいや、それを言い訳にはしたくないな。

 これは自分が選んで決めたことだ。

 よかったじゃないか、これで後悔しなくて済む。

 それだけでこの決闘には意味があったのだと思える。

 

 観衆に晒され、手を差し伸べるものは誰もいない。

 戦意は喪失して流れに任せるように体から力を抜いた。

 早く気でも無くしてしまいたいがメノスはそれをするつもりはないらしい。

 決闘を止める人間なんてどこにも――――


「――――お主らは自分たちが何をしているのかわかっておるのか!!!」


 勇者は無能者の前に立ち声を上げる。

 衝撃波が生まれその場にいた何人かは吹き飛ばされた。


「エルガレド!なぜお主は――――」


 その先の出来事は覚えていない。

 無能者は安心したように目を閉じ、眠りについた。



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