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勇者


 やはり、俺は神に愛されていないのだろう。


 加護を得られず、それを言い訳に惰性に生きてきた報いなのだ。


 ――――だからこんな面倒に巻き込まれている。



 

 無能者は組合の応接間の中にいた。

 同席する教国の者たちは険悪な顔つきで見つめてくる。

 こんな面倒な状況の原因を作った勇者はというと出された菓子に夢中だ。


「揃いも揃って珍妙な奴らが集まったものだ。」


 憎まれ口をたたきながら部屋に入ってきたのはこの組合の長、エルガレド。

 それに後ろにいるのは確か――――


「教国の馬鹿どもに無能者、それに…可愛らしい嬢ちゃんときた。」

「嬢ちゃんでなく勇者だ。それに無能者ではなくもう私の守護者様だ。」

「守護者、ねぇ……。聞いたこともない加護だ。それにゆうしゃってのは名前かなんかか?」

「勇者も加護だぞ!人類の敵を打ち破る剣にして盾、運命の神フォルトナより与えられた唯一無二の恩恵だ。私は運命の神フォルトナの使徒、私が辿る運命に守護者の存在が告げられた。」

「勇者様!それは言わない約束だったはずですぞ!」


 慌てた様子で教国の男は勇者を制止する。


「わざわざ言うつもりはなかったさ。だが組合長殿が連れてきたその者の前では嘘は付けなさそうだからな。」


 エルガレドが連れてきた女性。

 どこかで見たことがあると思ったがやはり看破の加護持ちだったか。

 確か名前はシーナ、だったか?


 組合に加入する際にはその者の情報を聞く必要がある。

 加護や来歴、混沌の勢力の手先ではないか……。

 誰でも入れる組合だからこそ他国の間者などには気を遣う。


 看破の加護をもつ者の前では嘘をつけない。

 

「ほぉ、嬢ちゃんは知っていたか。教国の間抜けどもは組合を毛嫌いしているからてっきりばれないと思っていたが、嬢ちゃんはなかなかに手ごわそうだ。」

「認めてもらえたようで何よりだ。これからの話はあまり外に広めたいものではない、そちらの者には退席してほしいのだが…私が勇者だという確証は取れたか?」


 エルガレドはシーナの様子をうかがう。

 

「そうかい、嬢ちゃんなんて呼んで悪かったな勇者殿。では最後に一つだけ問うて退席させよう。」

「うむ、なんなりとと聞くがよいぞ!」

「では、言葉に甘えて。おい、そこの……ジードとか言ったか?お前ら今日はいったい何しに組合まで来た?今年の協議はもう終わったはずだが?」

「――――っ王国の糞虫どもが、好んでこのような場所に訪れるわけがないだろ。わざわざ来てやった我々にその言い草とは、糞虫は礼儀を知らぬらしい。」

「来てくれと頼んだ憶えはない。それに糞虫というのなら、その糞虫に守ってもらわねぇと生きていけねぇお前らは俺たちの糞尿か何かか?」


 エルガレドと教国の使者の間で険悪な雰囲気が流れる。

 ただでさえ組合と教国は相いれないというのにこの二人の仲と言えば最悪のようだ。

 二人の様子になど構う様子もなく勇者は菓子のお代わりをシーナに要求する。

 この少女は間違いなく勇者のようだ。


「話が進まぬなら私が話すが……お主はそれでよいのか、ジード?」

「それは……」


 菓子を食べ終わると勇者はジードに話を進めるように促した。

 先ほどの慌てた様子といい、勇者に話をさせないようにしているあたり教国の使者も勇者という存在を持て余しているらしい。


「そこの……無能者をもらい受けに来た。」

「守護者だ。」

「本気で言ってるのか?こいつは無能者だぞ?」

「守ー護ー者!」


 難しい顔をする両者の間に勇者は割って入る。


「でもなぁ勇者殿、お前さんが嘘を言ってねぇのはわかるがこいつは無能者だ。後から加護が発現したなんて話は聞いたことがねぇ。シーナも嘘を見分けることはできるが、加護の有無までは確認がとれねぇ。」

「そちらの者の加護が相手の認識に左右されることは知っている。加護の有無を確かめるために神託の加護もちを連れてくる予定だったのだが……。」

「どうかしたのか?」

「それが……王国に来る途中にはぐれてしまって……。」

「それじゃあ確認できねぇじゃねぇか。……いや、まぁそれはいい。得体のしれない加護の有無は捨て置こう。勇者とはなんなんだ?人類の剣にして盾と言われてもわからねぇぞ。」

「言葉通りなのだが……今の世界の状況を説明した方がよいだろう。とはいえ組合のそれも組合の長殿ともならば何か気づいていることはあるのではないか?」


 部屋に緊張が走る。

 世界で起こっていることと言われても無能者に思い浮かぶことは何もない。

 組合の一員であっても無能者は冒険者ではないのだから、わかる由もない。

 冒険に出ていたものだけがわかる何かがあると考えるのが妥当だろうが……。


「――――つくづく、未知の加護ってのはやりにくいな。」


 いつになく真面目な表情でエルガレドは勇者を見る。


「……シーナ、下がっていろ。…で、その話しには無能者も必要なのか?」

「当然だ、これから私とその者は旅に出ることになるのだから。」


 シーナは部屋に残るものに礼をすると部屋から出て行った。

 正直なところこの場に無能者は場違いだ。

 意見を述べるでもなく、状況もよく理解できていない。

 早急にこの部屋から立ち去りたいという願いはどうやら叶えられそうにない。


「旅…ね。……組合にはいろんな加護もちがやってくる、だが近頃は戦闘向きの加護を持った奴が多くこの組合の門をたたきやがる。昨今の獣共の活性化といい、どうやら噂は本当らしいな。」

「ああ、遺された都ブロケオで混沌の勢力が動き出した。それも魔王と名乗る何者かを当目に据えて。――――おそらく魔王が生まれてからもう十年近くは立っている。今日まで力を蓄え、気を窺っていたのだろう。」

「どうしてそんなことがわかる?」

「私がそれくらいの歳なのだ。加護の発現は生まれた時に決まっていて、命名の儀の際にその能力を知る、一人の例外を除いてはな。勇者と魔王は対を成す存在、魔王が生まれたから勇者が生まれたのかその逆か…定かではないが魔王は勇者にしか打ち倒せぬ。そういう運命だと決まっている。」


 運命の神フォルトナの恩恵を得たものは安泰を得るという。

 過酷な運命もあるだろう、幸福な運命もあるだろう。

 それでもフォルトナを信仰した者の行く末には安らかな終わりがある。


「運命か、そうだな勇者殿はフォルトナの使徒なのだったな。だったらこれも、ただの偶然ではないのだろうな……」

「どうかしたのか?」

「いいや、昔のことを思い出しただけだ、気にするな。」


 物思いに更けるようにエルガレドは部屋の天井を見つめた。


 使徒は神々の恩恵を強く受けたものを指す呼び名。

 恩恵の強さ、それはそのまま加護の強大さに比例する。

 それも六大神の一柱、運命の神フォルトナの使徒の恩恵ともなると計り知れるものではない。


 魔王を倒せるものが勇者だけだという言葉は本当なのだろう。

 使徒の言葉に偽りはあり得ない。

 使徒となったものは精神性が信仰する神に近しいものに変質する。

 その言葉は神の言葉と同等に等しい。

 

 ――――だからこそ、認めがたい。


「だが理解した、勇者というものがどういうものかはすべて理解できてはいないが、人類の剣だというのならさぞかしお強いのだろう。だとしたら運命の神の使徒である勇者殿を教国の人間が歓待しているのも頷ける。教国に武力が備わればわざわざ王国に下手に出ることもないだろうからな。

――――だが、だからこそわからねぇ……なぜその勇者殿が守護者を求める?守護者が勇者を護るものであるというのならこの無能者は勇者殿より力を持っているということか?」

「強さだけが守護者を定義するものではない。だがそれ相応の武力は有しておるはずだ。――――だからこそ提案があるのだが……」


 何かを言いにくそうに勇者は無能者の顔を見つめる。

 

「神託の加護がない以上、確かめる方法は一つだけだ。守護者とこの組合の誰かを……戦わせてみるのはどうか……。」

「はっ!?」


 無能者は思わず声を上げた。


 冗談ではない。

 加護があるかもわからないのに戦うなど無謀なのは明らかだ。

 

「それは名案ですぞ勇者様!ええ、そうしましょう!守護者ではなく無能者だという証明が叶えば即刻この国を立ち去ることができる!」

「勘違いをするな、ジード。私はこの者が守護者であることに賭けているのだ。でなければこのようなことは言わぬ。」

「ですがこの者が守護者でないのは明白!見られよ、この男の狼狽する様子を!この者には未だ神々の声が聞こえてはいない!」


 命名の儀にて加護を得る際には神々の声が聞こえるらしい。

 その時に初めて自らがどの神に恩恵を与えらたか、そして自らの真名を与えられる。

 

 無能者にはその声が聞こえたことはない。

 だから無能者には名前がない。

 

 孤児であったから、命名の儀を受けていないから。

 どちらも関係はない。

 命名の儀はただの儀式だ、神々の声は生物であれば何者でも等しく聞こえてくる。


 それが聞こえてない無能者はこの世界では生物として認識されない。

 だから男は無能者であり、人の形をした人ではない何かなのだ。

 

「……少し、静かにしろ。」


 エルガレドは考えを巡らすように俯くと黙り込む。


「――――勇者殿の考えはわかった。無能者と組合の人間との決闘を許可しよう。」

「なっ!?」


 声を上げた無能者にその場にいた誰もが視線を向けた。


「なんだ?何か言いたいことがあるなら言ってみろ。」


 エルガレドは鋭い目つきで無能者を見る。


 無能者は息をのんで重くなった口を開く。


「俺は……やらないぞ。」

「現状お前さんの加護の有無を確認する手立てがそれしかないんだ。それにお前さんの意志など問うていない。これは組合長としての命令だ、決闘を受けろ、無能者。」

「なにを、勝手に……」

「勝手をしているのはお前さんの方だ。組合の一員である限り組合からの要請は絶対だ。もし、それを拒むってんなら明日以降、この組合でのお前さんの活動を認めねぇ。」


 理屈では理解できても納得はできなかった。


 組合からはごく稀に戦闘系の加護もちに対して要請が出される。

 教国への派遣もその一部だ。

 それが力あるものの責務、無能者であったから縁がなかったから認識は薄かった。

 ――――それでもだ。

 加護があるかどうかを確かめるために戦えという命令を理不尽に感じた。


「でも、まぁお前さんの気持ちも理解できねぇことはねぇ、冒険者は自由であるべきだと俺も常々考えている。だから一日待つ、こっちも誰がお前さんの相手をするか決めなくちゃならねぇしな。――――明日の朝には答えを出せ。」


 弱弱しくよろけながら無能者は部屋から出た。

 突然突き付けられた選択肢に動揺を隠せなかった。


 要請を拒んだらこの街での活動ができなくなる。

 今いる農場からも出て、別の組合を探さなければならない。

 他に無能者を受け入れてくれる組合などあるだろうか?

 見つかるまでの路銀などを工面する当てもない。


 ――――だったら要請を受けるのか?


 現実的な選択ではあっても、先が見えない。

 もしあの勇者の言う通り守護者であったとして、旅に出るというのは本当だろうか?

 勇者と共に顔も知らない誰かを守るための運命に巻き込まれるのか?


 ――――いいや、加護があるならまだ救いがある。


 最悪なのは加護もなく、決闘の相手になったものに叩きのめされて負傷すること。

 加護もなく、今までの生活を続けていくことになって、怪我をすれば生きていくのに支障をきたす。

 組合から治癒のための保証をされるかもしれないが、確証はない。


 ――――確証もないのに、決闘の相手が誰になるのかは想像がつく。


 まず間違いなく槍使いのメノスが相手になるだろう。

 好んで無能者の相手をしようとするものなどあの男しか考えつかない。

 普段から見下した態度をとるのも理由はわかっているつもりだ。

 だからこそ怪我を負うのは避けがたそうだと結論に至る。



 部屋から出た後はクエストボードを見つめた。

 どちらを選ぶとしても金銭的余裕がないのに変わりはない。

 悪あがきだろうが今日のうちに少しでも稼いでおきたかった。


「なにか依頼を受けるのか?ならば私も手伝おう!」


 聞こえてきた声にため息をこぼす。

 視線を下ろすとそこには勇者がいた。


「……なぜここにいる。エルガレドたちと話をしていたんじゃないのか。」

「政治の話はさっぱり分からぬ!それにもう私の要は終わったからな。それよりもそなたと親交を深めるのが私の優先事項だ!」


 元気のある声とは裏腹に勇者の肩は小刻みに震えていた。

 勇者には面倒ごとに巻き込んだ自覚はあるようだ。

 決闘の提案をしていた時も表情が硬かったし、あの提案は不本意なものだったのだろう。


 だったらなぜ巻き込んだのか。

 ……いいや、それを聞くのは非道だろう。


 この勇者の言動は無能者を守護者だと信じてのものだ。

 人類の剣にして盾、運命の神フォルトナの使徒。

 勇者の運命は生まれた時から決まっている。

 抗えない運命の道筋に勇者は進んでいて、その道中に無能者はいるのかもしれない。


 ――――だったらなぜ俺にはフォルトナの声が聞こえない?


「そんなことをする必要はない。もし巻き込んだと思っているのならそれは間違いだ、なにせ俺はお前の守護者なんかじゃ――――」

「これなんかはどうだ?狂信者の捕縛、報酬も破格だ。」


 勇者は無能者の話をよそに一枚の依頼を手取った。


「だからお前と依頼には……。はぁ……今日は依頼を受けるつもりはない。」


 何の依頼を受けてもこの勇者は無理にでもついてきそうだった。

 依頼を受けたいところではあるが諦める決断をする。

 多少の蓄えならある、それで二日は保つだろう。


「どうした、帰るのか?」

「……明日にはこの組合を発つ。だからもう関わろうとする必要もない。」

「――――えっ?」


 驚いた顔をして勇者は無能者の姿を見つめた。


「どうした?俺の答えはそんなに意外なものだったか?」

「あ……えっ。なっ…なんで……。」

「当然だろ、今まで同じような日々を生きてきた。今更…こんなことで何が変わるというんだ。」

「いいや……変わる、変えられる!そなたが望めば変えられるのだ!目の前にはまだ見ぬ景色が広がっている!」

「望み…なんてあると思うのか?たとえ願ったとしてもそれが叶えられることはないんだ、だったら夢なんて見ない方がましだ。――――忘れたか?俺は無能者、神に見捨てられた人間以外の何かだ。」

「どうして…どうしてそう簡単に諦める!加護を得れるのだぞ!?その可能性があってそなたはまだ――――」


 ――――簡単、だと?


 そんなわけがないだろ。

 過去にどれだけ加護を得ることを願ったことか。

 どれだけ自らの生まれを呪ったか。

 ただの一度も想いが成就したことなどない。


 その日々は無能者に諦めさせるには十分な時間だった。

 それを目の前にいる勇者に語ったところで意味がない。

 夢や理想の前に、現実は無力だということを知っている。



 無能者は勇者に背を向けて歩き出す。


「……依頼を受けるつもりなら、それはやめておけ。狂信者は遊戯神の使徒だ、お前が人間の盾であるというのならば、関わらない方がいい。」


 多少は罪悪感というものがあるのかもしれない。

 別れ際に無能者は勇者に助言を残して組合を出た。


 

 ――――これでいい。よかったはずだ。


 あの勇者にどんな結末が待ち受けているかわからない。

 それが悲惨なものか、はたや幸福なものか――――

 だが、あの勇者が辿る道が壮絶なものになるのは容易に想像がつく。


 その運命に無能者が関わっていいはずがない。

 加護は疎か、武力も、知力も、人望も、願望も――

 ――勇者から遠ざかろうとするのも、善意か悪意かすらわからない。


 やはりこの選択は間違っていないはずだ。



 ――――人の幸福を願う勇者の隣に

    他人を想わない無能者がいていいはずないのだから。



 無能者は小屋に戻ると眠りについた。



 

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