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無能の男



 ――――朝はいつも決まった時間に目が覚める。


 手足の指を動かし生きていることを確認する。

 どうやらまた、今日という日を生きなければならないらしい。


 昨日買った黒パンを食べるといつものように身支度を済ませた。

 日の出ない内から外に出て急くようにして農場から立ち去る。

 日の出前に小屋から出る、それが農場の主人との取り決めだった。


 街はずれの農場、家畜小屋の空いた一部を寝床として借りている。

 稼ぎが多ければ街の宿に泊まることもできるが、その日暮らしで精一杯の身では不可能な話だ。

 

 それに――無能者の自分にはこれがお似合いだと、とうの昔に割り切っている。



 街の中心部に来る頃には人出も増えてくる。

 道中の屋台で水と食料を買い目的地までの道に戻る。

 向かう先は冒険者組合。

 

 夢追い人の墓場、道楽者の集い……。

 人々にそう揶揄されることも少なくない。

 それでも二流、三流の者にとっては一流を見返せるかけがえのない場所。

 

 ――まして、神々から加護という恩恵を受けられなかった人間にとっては、そこが唯一の居場所だ。




 組合に着くと扉の前で始業を待つ。

 他に組合の人間はいない、こんな時間に来ているのは職員くらいだ。

 稀に前日の依頼を朝早くに報告に来る者たちもいるが、人目に入ることを望まないのでそういう日は運が悪い。



 ――――どうやら今日はそういう日のようだ。


「おいおい、見ろよ!草むしり君がいるぜ!」

「できそこないの癖に、こんな朝早くからご苦労なことだ。」


 話しかけてきたのは槍使いの男が率いる一党。

 日頃からよく絡まれることが多いが、まさか朝から出会う羽目になるとは……。


 ――――今日は運がない。


「どうせ今日もてめぇは草むしりなんだろ。見ろ!俺たちは昨日人豚人豚(オーク)の群れを倒した!これこそが冒険者のやることだ。毎日薬草採取しかしねぇお前にはわからねぇことだろうなぁ?」

「やめろメノス、薬師どもに聞かれたらことだぞ。」

「ああ、そうだな。こいつはそれ以下の無能者だもんなぁ。同列に見ちまったら薬師連中に悪いぜ。」


 人豚退治の依頼、それなりに実力が必要な依頼だったはず。

 槍使いのメノス、この街では名のある冒険者の一人。

 横柄な態度で評判は良くないが組合の中でも上位に入る実力者だ。


「それよりメノス、まだ組合が開かないなら飯に行こうぜ。俺腹減っちまったよ。」

「ああ、そうするか。なにせ俺たちには次の依頼ちゃんが待っているからな。」


 大声で笑い、その場から立ち去るメノス達。

 自慢のためにわざわざ話しかけてきたのか……。

 その気持ちも仕方がないのだろう。


 戦の神バターラの恩恵を受け取ったもの、それは英雄へと至る可能性を得たに等しい。

 この組合の長、エルガレドも戦神の恩恵の保持者、過去に王国を襲った翼竜を打ち取った大英雄。

 王国を救った恩賞に騎士団長となることを許されたがそれを蹴って冒険者組合の長となった。

 落伍者のたまり場を本物の冒険者組合に変えた偉人。

 今の組合があるのはエルガレドのおかげだろう。

 

 冒険者への依頼は多岐にわたる。

 薬草の採取に街道の護衛、害のある生物の駆除に教職の依頼といったものまで様々だ。

 その中から冒険者たちは自らの加護にあった依頼を受ける。


 だから加護なしの人間が受けられるのは薬草採取などの簡単な依頼ばかり。

 当然ながらそういった依頼は報酬が少なく、生きていくにはそういった依頼で数をこなすしかない。

 街から離れた場所に拠点を置いているため受けられる依頼は限られてくる。

 そうでなくても少し報酬が高めの薬草採取は見習いの薬師との争奪戦になる。


「――――仕方ないこと、だよな。」


 これが加護をもらえなかった有様。

 ただ一人、神様に愛されなかった人間の生き方だ。


 

 組合の扉が開き中に入ると一目散にクエストボードに向かう。

 

 ――――どうやら今日は本当に運がないらしい。


 目当ての薬草採取の依頼は一つもない。

 最近は放棄された炭鉱に人豚が拠点を作った影響で討伐の依頼と共に採取の依頼が多かった。

 討伐依頼も少なくなってきているのを見るに片が付き始めたということだろう。


 来るかもわからない依頼を待つか。

 いいや、その時間も惜しい。


 街の排水溝の清掃、時間がかかるくせに低賃金な依頼。

 そのせいで人気もなく、いつでも誰でもできる仕事だ。


 依頼書を手に受付に向かう。

 最初のころはおかしな奴を見る目をされたが、もはやそれもない。

 もう十年近くも組合にいるし当然か。


 それも仕方のないことだ。

 他に行く場所もない、望みもない、未来も…きっとないのだろう。



 ――――

 ―――

 ――

 ―



 さすがに一日もやれば臭いもついてしまうな。

 パン屋の店主には悪いことをしてしまった。

 このままでは農場に帰れないので途中に川で洗ってから帰る。


 濡れた衣服を外に干し、小屋に入る。

 すると小屋の獣たちは一斉に声を上げた。


「悪い、やっぱり臭うよな。」


 ――――明日は組合に向かう前にもう一度体を洗わなければならないな。


 藁の上に布を敷いてその上で眠る。

 上質なものではないから布を一枚かませただけでは藁が体に刺さる。

 

「――――っ。」


 ――――どれもこれも仕方のないことだ。






 軽快な音楽に目を開ける。

 それが夢だと気づくまでに時間はいらなかった。


 過去の記憶、檻の中から見た光景。

 辺りからは主人の楽しげな声が聞こえてくる。


 ――――ああ、そうか。この日は見世物が上手くいった打ち上げをしていたんだったか。


 どこかの国の王子の生誕祭。

 世にも珍しい加護なしの男の見世物は大変な盛況で幕を閉じた。

 そんな日の夜。


 その日のことを思い出して夢を見るのはきっと――――


 ――――その日初めて自由というものを知ったからだろう。


 酔って見張りが鍵をかけ忘れたのだろう、檻の扉は開いていた。

 逃げ出そうと思ったわけではない、それでも何かに導かれるように檻の外に出ていた。

 向かう場所もない、腹の空いていることなど忘れて森の中を駆けた。

 靴なんて履いていなかったから足はすぐに傷だらけになって、息も上がる。

 目の前に光を見つけてそこまで走った。


 森を抜けて目にとびんできた光景。

 劇場のような場所で繰り広げられた演劇。

 聞こえてきた歓声に思わず耳を塞いだ。

 演劇の最後の一幕、それにただ目を奪われた。


『こっちで座ってみればいい、なぜ君はそんなところで見ているんだい?』

「――――。」

『ああ、そうだね。もうすぐ劇は終わる。でも、僕が賭けたのはここからだから。』

「――――?」

『それはもちろん。この物語がこのままハッピーエンドで終わるのか、それとも――――』



 ――――

 ―――

 ――

 ―



「――――っつ。」


 ――――そういえば昨日は服を脱いで寝たんだったか。


 手足の指を動かすまでもなく生きていることを確認する。

 いったいあの夢は……。

 最後に誰かと会話をしていたような気がするがそんなわけがあるはずがない。

 

 ――――だってあの後、俺は……。


 

 外に出て服を着る。

 日の出ているおかげでなんとか乾いてくれたようだ。


「……しまっ――――」


 急いで農場を飛び出し組合へと向かう。

 農場の主に見られなかったのは幸いだったが、もう薬草採取の依頼はなくなっているだろう。


 それでも組合に急いで向かう。

 これまで繰り返してきた日常、ここで諦めてしまえば今までの自分の行いを否定する行為のように思えた。


 日は頭上に昇っていた。

 人通りが多く、それをかき分けるように走る。

 向けられる人の目、突き刺さるような視線が痛い。

 走っている人間がそんなに珍しいのか、この時間はあまり街にいないからよくわからない。


 ――――いいや、どうもそういうことではなさそうだ。


 異変に気付き立ち止まる。

 周囲の視線は一様に無能者へと向けられていた。

 

 ――――どういうことだ、これは?


 内心不思議に思い組合の扉の前にたどり着く。

 違和感はぬぐえない、組合の前に立ってその違和感は一層強くなる。

 組合の中から漏れ出る重々しい雰囲気。

 掴んだ扉の取っ手が重く感じる。


 何から何まで、今日はおかしなことだらけだ。

 意を決し組合の扉を開く。




 一斉に向けられる視線、異変の正体にはすぐに気付けた。

 組合の中央に位置取る白装束の男たち。

 恰好と胸の紋章からまず間違いなく教国の人間で違いない。


 

 王国に隣接する教国。

 秩序の神オルディンの教えを第一とし、全人類の公平化と厳正な世界の創造を唱える宗教国家。


 そんな教国の人間にとって冒険者組合など到底認められない場所のはず。

 それがどうして組合に……。

 

 王国は教国とある取引をしている。

 冒険者組合が多い王国は依頼などで負傷するものが多い。

 怪我や病気、それを癒すために教国から薬品や神官を調達している。

 教国は癒しの力を持った者が多い、その反面国を守る兵は脆弱だ。

 それを補うために定期的に冒険者や兵士が教国へと派遣されている。


 でもそれは国家同士の取り決め、一組合に用などないはずだが……。

 

「貴様が無能者か……神に愛されなかった堕人が。」


 教国の人間は他の神を認めない、秩序を守るオルディンこそが世界を統べるべき神だと信じている。

 それが結果この世界の秩序を乱すことに繋がるとしても。

 その先にオルディンの理想があると信じて疑わない。


 そんな連中にとって無能者など特に認められない存在なのだろう。


「そんなことを言うではない、ジードよ。その者こそ我が守護者様なのだぞ。」

「ですが勇者様、このようなものが貴方様の傍に立つべき人間だとは思えませぬ。」


 教国の人間たちの間から現れた小さな影。

 同じように白い装束を身に着けるが只者でないことは教国の人間の態度からも明らかだった。

 顔をベールで覆い見えはしないが、声からして子供、それもまだ幼い少女のように感じられる。


 二人の会話から聞き取れた言葉。

 守護者、勇者…どちらも聞きなれない言葉に動揺する。

 加護、だろうか?

 いいや、動揺しているのはそこにではない。


――――俺が、守護者…だと?


 動揺を隠せない無能者に勇者と呼ばれるものは近づいた。


「初めまして、私は勇者。そなたを迎えに来たぞ、守護者殿!」

「お、俺は……。」

「むぅ?そなた遠くから見たら鬱屈とした顔をしておったが……なんだ、近くで見ると恰好いいではないか。」


 ベールから顔をのぞかせ勇者は笑顔でつぶやく。

 今まで碌に人と触れ合わなかった無能者の心に勇者は土足で踏み込んだ。

 勇者というものが何かはよくわからない。


 でも、それが勇気ある者を指して言うのならば――――


 ――――こいつは間違いなく勇者に違いない。




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