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(前篇)

『今日は2時に上がれることにしてもらいました』

 姫からのLINE。


 翌日の旅行を控えて二人で会う約束をしていた。そのLINEを確認してボクは時間を調整した。午後から休みを取っていたボクは昼食を済ませると会社を出た。待ち合わせの時間までは余裕があるので、ぶらぶら歩いて行くことにした。会社のある神田から待ち合わせ場所の浅草まで。



 旅行は気心の知れた6人のメンバーで行く。ボクと姫が仲良くなれたのはこの旅行がきっかけだった。今回の旅行先は函館。ボクと姫は何か月も前から行きたい場所や食べたいものをチェックしていた。その中には6人全員で行くのには無理のある場所もあった。何しろ、函館は坂の街だから。そこでボクは現地ではある程度自由に動けるようにグループLINEで提案しておいた。

 ボクが行きたい場所と姫が行きたい場所には違いもあったけれど同じ場所もある。そういう場所には姫と二人で行きたいと思っていた。



 この日の東京はかなり暑かったのだけれど、この後、姫に会えるのだと思うと暑さなど少しも気にならなかった。途中で喫茶店に立ち寄ったり、上野公園を散歩したりして、ちょうど2時半くらいに待ち合わせ場所の浅草にある喫茶店に着いた。姫は仕事を終えて着替えて来るから、ここに到着するのはもう少し後になる。

 店内は混み合っていた。目当ての席はどこも埋まっていたので、空いている席に座った。アイスコーヒーを注文して姫が来るのを待っている間にグループ客が帰って行ったので、そちらの席に移動させてもらった。そこへ姫がやって来た。

「あら、引っ越しですか?」

「はい、こっちの方がゆっくり出来ますから」

 姫が席に着くと、お店のママがやって来た。姫とママは以前からの顔見知り。姫が注文をしようとするとママが先に口を開いた。

「ビールでしょう?」

 確かにこんな暑い日は冷えたビールを流し込みたい。普通だったらボクも最初にビールを注文していた。

「そうしたいですけど、今日はレモンスカッシュにします」

「あら、珍しい」

「彼もアイスコーヒーですから」

 そう言ってボクに微笑みかける。ボクは苦笑する。ちょうどこの時、ボクには痛風の発作が出ているのを姫は知っていたから。もう、ほとんど痛みは無くなっているのだけれど、明日から旅行に行くという時にビールを飲んでぶり返しでもしたら元も子もない。

「キラ星さんはどこに行くかもう決まっているんですか?」

「八幡坂。坂の上からの景色を見てみたいです」

「いいですね。私はトラピスチヌ修道院に行きたいんですけど、遠いしアクセスも良くないみたいですから、元町辺りをメインにしたモデルコースをレンタサイクルで回りたいと思います。だけど、レンタサイクルが借りられるのが10時かららしいので、迷っています」

「レンタサイクル、いいですね。それは返却場所があちこちにあったりするんですか?」

「それが、一か所しか無くて…。なので、迷っているんです」

「なるほど…。それでは時間が制限されてしまいますね」

「はい、ですから、もう一度考えてみようと思います」

「姫が行きたい場所とボクが行きたい場所が同じだったら一緒に行ってもいいですか?」

「それはもちろんですけど、キラ星さんは自分が行きたいところを優先してくださいね」

「もちろんです。前にも言いましたけど、ボクは朝市で海鮮丼を食べるのと、お土産で白い恋人を買うことだけが目的ですから。それ以外は八幡坂くらいです」

 それは本当にそうだった。夜景などにも特に興味はなかった。

「そろそろ買い出しの時間ですね」

「はい」

「では、また明日」

「はい。また明日」


 旅行当日、秋葉原駅で姫と待ち合わせをしたボクは早く着いたので喫煙所で一服してから待ち合わせ場所に向かった。

「キラ星さん」

 姫がもう来ていた。タバコなんか吸っていたせいで姫と居られる時間を損してしまった。

「早いですね」

「はい、予定していた電車より一本早い電車に乗れました」

「では行きましょう」

 秋葉原から東京までの短い間だけど、姫と二人で居られるのがとても嬉しい。東京駅に着いたらみんなと合流する。


 東京駅に着いてホームから中央通路に降りた。降りた先に弁当屋がある。

「小松君が買い出しの手伝いをしてくれることになっています。買い出しはほぼここで済むので、姫はここにいてください。ボクは小松君と合流してから、もう一度ここに来るので。そこで早めに来た姫と偶然会ったことにしましょう」

「はい、そうします」

 ボクは一度、銀の鈴に降りた。そして、小松と合流してから再び弁当屋に戻った。

「あっ! 姫野さん、おはようございます。早いじゃないですか」

 小松が先に姫に気が付いた。ボクはすぐに姫を見つけていたのだけれど、気付かないふりをしていた。

「おはようございます。はい、お弁当を見ていました」

「何か目当てのものがあるんですか?」

「ええ、峠の釜めしがあったら買ってもらおうかと思って」


 新幹線の中で食べたり飲んだりするものはみんなで積み立てた費用の中から出すことになっている。集合してからスムーズに発車ホームまで移動できるようにボクが早く来て先に買い出しをしておくことになっていた。そのために、あらかじめ、みんなからリクエストを聞いていた。


「おかしいですね。いつもは置いているんですけどね」

 いつも峠の釜めしが置かれているスペースには何も置かれていない。店員に聞いてみると、まだ入荷していないとのこと。

「じゃあ、他のものを買いますか?」

「このおつまみセットがあるから大丈夫です」

「そうですか。それならいいですけど」


 買い出しを終えて、銀の鈴に降りると、他のメンバーも既に来ていた。リーダーの小野が新幹線の切符を配る。

「では、ホームに移動しましょう」

 みんなでホームに移動して発車時間を待つ。しばらくすると、新函館北斗行の列車がホームに入ってきて乗車開始。ボクは姫のとなり座ることが出来た。そして古谷との三人と、小松、小野、久美の三人との三人ずつに分かれた。席に着くと、ボクは弁当と日本酒を用意。日本酒は姫が飲んでみたいと言ったものとボクが選んだものを二本買っておいた。朝食を食べてこなかったボクは最初に弁当を食べた。ボクが買った弁当は深川めし。具をよけて味が染み込んだ飯だけを先に食べた。具は酒のつまみにする。姫もおつまみセットを広げる。

「思っていたより量が少ないですね」

「やっぱり何か弁当も買った方が良かったんじゃないですか?」

「大丈夫です。これがありますから」

 そう言って姫はチョコレートを取り出した。姫が事前にリクエストしていたチョコレート。買い出しをする弁当屋には売っていないものだったので、ボクが来る途中のコンビニで買って来たものだ。他のみんなも缶ビールや缶酎ハイで各々やり始めた。

 コロナ禍ということで座席を対面にすることが出来ない。三人ずつ前後に分かれての乾杯。いつの間にか列車も動き出していた。量が少ないように思えたおつまみセットだったけれど、その一つ一つはとても美味しいものだった。だから酒も進んだ。

「あまり飲み過ぎないようにしてくださいよ」

 姫がボクのことを心配してそう言ってくれた。そういう姫の優しがボクはとても好きだ。

「はい。無理はしませんから大丈夫ですよ」



 週初めの天気予報ではこの土・日はずっと傘マークがついていた。しかし、直前になってその傘マークは無くなった。雨が降ると「私が雨女だから…」と姫が気にする。そんなことは断じてあり得ないのだけれど、姫がそんなことを気にしなくても済むのならそれに越したことはない。例え、晴れなくても雨さえ降らなければ。



 新函館北斗につく前に用意した酒もつまみもすべてなくなった。足りないと思った人も居たかも知れないけれど、それくらいの方がちょうどいい。旅はここからが本番なのだから。


 新函館北斗からは在来線で五稜郭まで移動する。それからタクシーで五稜郭公園まで。昼を過ぎていたので、ここで昼食を取ることにした。函館に来たのなら…ということでハンバーガーレストランのラッキーピエロへ。

「ここでは名物のフトッチョバーガーを食べます」

 古谷が彼女にここには必ず行くべきだと言われていたというので、そこの名物バーガーを、古谷は食べ切れないと言うのでボクが注文することにした。

「大丈夫ですか? 食べられますか? 私はチキンバーガーとチョコレートパフェにします」

「大丈夫です。姫こそ大丈夫ですか?」

「はい。今日はソフトクリームを二つ、明日は三つ食べるつもりですから」

 ところがフトッチョバーガーは平日限定だということでボクもチキンバーガーを。そして当の本人はバーガーとイチゴのパフェを。新幹線で弁当をリクエストしていなかった小野と久美は小野がとんかつスパゲティ、久美が海老カレーを。小松もバーガーを頼み、他に「シェアしよう」とチーズポテトを注文。カレーを残した久美以外は全員平らげた。

 そして五稜郭タワー。タワーの展望フロアから一望できる五稜郭は思ったほど広くはなかった。けれど、そこには歴史とロマンが溢れているのが実感できた。


 五稜郭からは函館市電で函館駅へ。函館駅前に着いたのがちょうど3時を回ったところだった。小野が予約したのはホテル駅前。そういう名前のホテル。駅前にあるはずなのだけれど、見つからない。小松がホテルに電話して確認する。あった。高層のルートインの裏に。今回の旅行では夜景と朝市の海鮮丼が目当ての一つだったのでホテルは素泊まりのビジネスホテルにした。

「函館山に向かうのは7時半なので5時から夕食にしましょう。それまでは各自自由行動ということで。夕食の店はこの後付近の散策に出るのでボクが探しておきます」

 小野からルームキーを受け取ってそれぞれチェックイン。すぐに姫にLINEしようとしたら小松から電話。

『もう、出ますか? ボクも行きます』

『タバコ吸ってから出るよ』

『1階で待ってます』

『りょ』

 すぐに姫にもLINE。

『どうしますか?』

 LINEしながら1階に降りる。

『お店を探しに行きますか?』

『今、1階の外です。行くなら待ってます』

『行きます』

 外に出ると小松が待っていた。

「姫野さんも行くって」


 三人で駅周辺を下見する。風が強い。その風を受けて姫がよろめく。

「大丈夫ですか?」

「はい。なんとか」

 駅前に出る。函館山の方を見上げると、山頂はすっぽり雲に覆われている。

「あれでは夜景は見えないかも知れませんね」

「でも、時間が経てば雲も晴れるかもしれませんから」

「そうですね」

 手始めに函館駅のそばにある駅前横町をのぞいてみる。売店以外の飲食店はまだ営業していない。店構えや雰囲気を見る限り、良さそうな店は見つからなかった。それから朝市の方へ足を運んでみる。朝市だけあって、ほとんどの店はもう営業を終えている。周辺にも良さそうな店は見当たらない。駅前を離れ、市電通りへ移動する。すると、ここには既に営業をしている居酒屋が何件か立ち並んでいた。その中で一軒の店にあたりを付けた。

「そろそろ時間だし、もう入っちゃおう。二人、先に入って席を取っておいて。ボクが他の三人を迎えに行ってくるから」

「だったら、私が行ってきますからお二人、先にどうぞ」

「じゃあ、お願い」

 ボクと小松は先に店に入り席を確保した。間もなく姫が他の三人を連れて来た。

 食事をしながら函館山のライブカメラの映像をチェックする。画面には真っ白な映像しか映し出されていなかった。その映像をみんなに見せる。

「これじゃあ、夜景は見られないかも知れないね」

「でも、取り敢えず行くだけは行こうよ。せっかく切符も買ったんだし」

 そう、函館山に登るのにはロープウェイとバスがあるのだけれど、ロープウェイは往復1500円かかる。だから、市電とバスの一日乗車券を買った。もちろんそのバスは函館山の山頂まで行くことを確認したうえで。

 7時過ぎ、ライブカメラの映像は相変わらず真っ白だったのだけれど、函館山山頂へ向かうべく店を後にした。

 バス停に着くとバスが既に来ていて、乗客が乗り込み次第発車するというところだった。ところがそこで衝撃の事態が待っていた。今日は天候不良のためバスは山頂まで行かずにロープウェイ乗り場までなのだというのだ。結局、山頂に行くのにはロープウェイに乗らなければならなくなった。

「だったら、こんな切符、売らなければいいのに」

 切符を買うときに山頂へ行くのが目的なのだと言って購入した切符なのだから。

「本当ですよね」

 そうこうしているうちにバスはとっとと行ってしまった。

「あーあ、バス、行っちゃったよ…」

 ボクたちは市電でロープウェ乗り場の最寄り駅、十字街まで行くことにした。十字街から乗り場まで少し歩く。その道は急な登り坂だった。

「マジか!」

 小野と久美、古谷が顔色を変える。そしてやっとの思いでたどり着いたロープウェイ。乗れば山頂まで3分で到着した。目の前に広がるのはやはり真っ白な世界だった…。





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