第9話 遺跡都市と変な人
「やっと着いたな……」
「長い道のりでしたね」
ジャムリックの端にある町を出て数ヵ月、国境を越えてゼ―リックへと入り、さらに西へ進んだ場所に目的の地が存在した。
「これが、かの有名な遺跡都市だ」
「凄い……ですね!」
小高い丘から見下すと、遠方に見える円形に囲まれた防壁。そしてその内側に人の住む住居が建てられている。
現代文化と遺文明が融和した町。それがこの遺跡都市だった。
「凄い……」
「置いてくぞ、ユニファー」
「あ、待ってください!」
圧巻の光景に見とれる気持ちはわからんでもないが、俺は少し急いでいた。視界に入ったとはいえ、日が傾き始めているので門が閉じられてしまう前に町へと辿り着きたい。野宿が苦という程でもないが、やはり出来る事ならベッドで寝たい。
「……師匠は来た事があるのですか?」
「一応な。 まだ駆け出しに毛が生えた程度だからダンジョンには殆ど潜ってない」
「そうなんですね」
なんとか門が閉じられる直前に間に合った俺達は、景気よく酒を飲む連中や疲労困憊なハンターを掻き分けて宿を取った。
……
翌日の早朝、俺の借りた部屋にユニファーを呼び付けて早速作戦会議を始める。
「で、だ。 俺達の目的であるドラゴンだが――」
「ごくり……」
「俺の予想が間違っていなければ、ダンジョンの奥深くを根城としているだろう」
「ダンジョン……」
古代文明の残した、多くの遺物が眠る地。その中でも魔物の発生が確認された遺跡の通称がダンジョンだった。
ダンジョンによってその差こそあれ、魔物が住み着く危険な場所である。
「その地図をくれた奴によれば、ここのドラゴンは地下深くに反応を感じるって言うんだろ? それが正しいなら間違いなくダンジョンだろうな」
「ここのダンジョンは地下に伸びているのですか?」
「あぁ。 石に近い謎の材質で頑丈な造りになっているから今の時代にも残っているんだそうだ」
「へぇ……。 古代人はそこで何をしていたんですかね」
「知らん」
それを考えるのは俺の仕事じゃない。俺の仕事はハンターとしてそのダンジョンに住む魔物を狩る事だ。
「……それよりも目の前の課題について考えろ」
「わかりました」
「んで……。 ダンジョンに潜るにしてもお前は初めてだろうし、俺も経験が殆どない」
「ですね」
「だから、この町で別のハンターを助っ人として招き入れるというのを視野に入れている。 それについての意見をもらいたい」
俺一人で事を進めず、極力彼女の意見も取り入れたいと考えていた。
「師匠!」とユニファーは俺を呼んでいるものの、パーティを組んでいる以上はある程度対等に接するべきだろう。
勿論経験を踏まえてパーティのリーダーが必要なら名乗り出るし、それ以外でも引っ張っていくつもりではあるが。
「……いいと思います」
「その理由は?」
「師匠が決めたからです」
「……」
「……」
「……何か言い残す言葉は?」
「ご、ごめんなさ――ぁ痛ぁっ!」
俺は彼女の脳天に拳を落とす。時折、俺はこうして鉄槌を下していた。これによってこれ以上馬鹿にならなければいいが……。
とはいえ、この数ヵ月でユニファーがどうしようもない馬鹿であるとも思っていない。食せる野草の知識はあったり、敢えて別行動させた際に陰から見ていると、俺と一緒に居た時と比べて慎重に行動が出来ていた。どうにもユニファーは頼れる相手が傍に居る間は、思考を放棄する悪癖があるらしかった。
「ううぅ……」
「しっかり考えろ。 この旅を俺が最後まで同行出来るとは限らないぞ?」
「……でも師匠、ドラゴンを全員倒すまでは協力してくれると言いました!」
「ハンターとして魔物を相手にするんだ。 何が起きてもおかしくない。 肝に命じておけ」
「……はい」
ユニファーは腕を組んで暫く考える素振りを見せる。だが、そう間を置かずに何かを求める様に俺を横目でちらちら見て来る。
俺が拳を強く握って見せると、彼女は慌てた様子で背中を向けた。
「……」
「……」
「……し、師匠」
「……なんだ?」
「一生懸命考えました」
「……言ってみろ」
「えぇと……。 ダンジョンの内部構造は複雑で、慣れないハンターでは時間が掛かってしまう。 ですが、事情に詳しい現地のハンターと合流すれば効率良く探索を進められます」
「……続けろ」
「はい……。 ですがその反面、私の力が表に露呈する危うさも併せ持っています、 ですので、口が堅いハンターを少数誘うのが最も適していると思います……。 間違ってませんよ、ね……?」
「……正解だ。 何でお前は考えればそこまでの思考に到れるのに、お膳立てしなければ考えなしなんだ……」
「ご、ごめんなさい……」
戦いでもそれ以外でも扱いが難しいユニファーだが、真正の馬鹿ではなかったというのだけは素直に喜んでおくことにした。
「そこまで理解してるなら大丈夫だろ。 早速ハンターギルドに向かうぞ」
「ふ、ふぁあい師匠ぉ~――痛っ!」
眠そうに目を擦りながら、欠伸交じりに返事したユニファーに俺は先程よりは軽く拳を降ろした。
……
朝の早い時間に訪れたハンターギルドは人でごった返していた。
「凄い人の数ですね。 ジャムリックのどのギルドよりも混んでいますよ?」
「まぁ、な。 ゼ―リックの国内でも、この町は特別ハンターが多いからな」
踏破記録が存在しないダンジョンを防壁の内側に抱えたこの町では、日夜ハンターによって内部調査が進められている。
ダンジョン内の魔物を放置し続ければ溢れかえる危険性があるのでどの道間引く必要こそあるものの、魔物退治ではなくまだ見ぬ遺物に比重が置かれたその活動はハンターと呼ぶよりも冒険者と呼ぶべきなのかもしれない。
助っ人としてダンジョン探索を協力してくれる相手は慎重に選ぶ必要がある。俺はこれまでの経験を踏まえて実力のありそうな奴数名に目星を付ける。
「おっと、そこのCOOLなカップル。 少し時間を貰えるかな?」
「……」
俺もユニファーも主力武器は剣である。ダンジョン内の魔物によっては物理攻撃が有効ではない場合も考えなければならない。
「おや、耳が遠いのかな。 COOLな君だよ、君」
「……」
「師匠……多分、呼ばれてますよ?」
「……」
不安に思ったらしいユニファーが、小声で俺の肩を突きながらそう教えてくる。だが、俺は気付いていたものの無視を決め込んでいた。
「そこのCOOLな可愛さの君は聞こえてるなら返事を――」
「――はいっ!」
「おい、ユニファー!」
安易なお世辞にまんまと引っかかったユニファーは、妙ちくりんな言葉遣いの男にまんまと釣られる。挙手しながらその男の方へとふらふら向かう彼女を引き留めた。
「変な奴に構うな」
「COOLな僕を変な奴とは心外だねぇ」
「……」
「どうやら彼には意中の相手としか会話ができない呪いに掛かってしまっているらしい。 何ともCOOLで悲劇的だねぇ」
「――意中の相手ですか? 師匠にそんな方が……。 ど、何方ですか?」
「……」
「おや、彼と君とはCOOLなカップルではなかったのかな?」
「ぇ? 私と師匠とがですか? ……師匠は師匠で、恋人ではありません」
「……」
「何と……COOLな勘違いだったよ。 とても仲睦まじい師弟の様子から間違えてしまった。 COOLなボクのミスだねぇ」
「そんな、照れますよ~」
「……はぁ……」
俺は既に無視できないレベルまで会話を始めてしまっているユニファーを一睨みした後、独特な喋り方の奴に仕方なく向き直った。
「……何の用だ」
「やっと僕の方を向いてくれたねぇ。 やはり君はCOOLだ」
「要件を言え。 要件を。 俺達はお前と違って暇じゃないんだ」
「ふむ……、何を忙しくする必要があるのか。 人生は長い、余裕を持って毎日をCOOLに過ごす事をおすすめするよ」
「……忠告どうも、それじゃあな。 行くぞユニファー」
「ぇ? ――は、はいっ!」
「ちょっとちょっと、待ちたまえCOOLな君!」
「……」
前置きが長ったらしいこの男に付き合う時間が惜しいのだが、それと同時にある事が気になっていたので一応立ち止まった。
「待ってほしいなら要件を言え」
「分かったよ……。 それで……君達、今なら僕が君達のCOOLなパーティに入ってあげるよ」
不遜な態度でありながらも、どことなく驕りを感じさせないこの男はそう言い放った。