第8話 ドレッドベアと師匠の実力
次の目的地へと進む道中、ある山道の脇にある木にある傷が刻まれている事に気が付く。
「……この痕、ドレッドベアのマーキングだな」
「ドレッドベアですか」
「あぁ、人を襲う凶悪な魔物だ」
「凶悪な――退治しましょう、師匠!」
「待て、余計な面倒に突っ込むな。 ……と、普段なら言う所だが……これは放置できないな」
「その理由はなんですか?」
間髪入れずにそう尋ねて来るユニファーに俺は丁寧さを心掛けながら説明をする。
「ドレッドベアは本来もっと山奥に住む魔物だ。 だが、ここまで麓に降りてきたというのは大概縄張り争いに負けたからだろう。 だから興奮して気性が荒くなっている可能性が高い。 そして、この道はハンター以外の行商人や村人なんかも利用する道だ」
「成程……特に危険だからですね?」
「危険性がというよりは緊急性が高い、だな。 近くのハンターギルドに報告するにしてもからそれだけの間に多くの被害を生む恐れがある。 習性は俺もそれなりに詳しいし、サクッと討伐してしまおう」
「流石です、師匠!」
「……ここにマーキングされているという事は、根城はそう遠くないだろう。 ドレッドベアは巣穴から一定距離の円形を縄張りとして、その境界に近い場所に印を残す。 何カ所か別のマーキングを見つけられればそれから位置を割り出せるな」
「わかりました、探しましょう!」
「……突然徘徊しているドレッドベアに出くわす可能性もある。 お前は俺からそう離れずに歩け」
「は、はい!」
山道から逸れて二人掛かりでドレッドベアのマーキングを探す。程なくして別場所に印が付けられているのを見つける。
「この位置だとすれば……、恐らくこの方角に巣があるな」
「もうわかったんですか?」
「あぁ、俺はドレッドベアなら二十は狩っているからな。 慣れたもんだ」
「凄いです」
思っていた方角へと進んで歩くと、歩いて来た直線から殆ど逸れない位置にそれらしき巣穴を見つける。
「あれだな」
「本当ですね。 確かに熊が居そうです」
「お前、木登りは出来るか?」
「子供の頃、よくやっていました。 同年代で一番得意でした」
「ならやってみろ」
「わかりました」
俺が丈夫そうな木を一本指してそう指示すると、得意と豪語するだけあってするすると登っていく。
「あ、そんなに上まで登らなくていいぞ? その辺りで大丈夫だ」
「わかりましたー。 それで、何で登らせたんですか?」
「理解せずにやったのか……」
俺は溜息を付いてから言い渡した。
「ドレッドベアは自重で木登りは出来ない。 お前はそこで大人しくしていろ」
「ふぇっ!?」
「ただし、頭突きで落とそうとはしてくるからしっかりしがみ付いておけ。 まぁ、俺がそんな余裕を与えずに倒すが、な」
「ひ、酷いです!」
事実上の戦力外通知に、ユニファーは抗議の声を上げる。だが、言いつけを守らずに降りてこようとはしないのは従順で助かる。
「じゃあ、手短に狩るか……」
俺は剣ともう一つの武器、銃を取り出す。そして俺は左手に持った銃を巣穴に向けて引き金を引いた。
『ダンッ』という音で威嚇射撃をしてから程なくして、巣穴の主が顔を出した。
「グ、グゥオオオオオオォォォ!!!」
「――うるせぇ」
俺はもう一度銃の引き金を引く。銃口から放たれた雷撃がドレッドベアの肩に命中する。
「グオッ!!!」
「……小さい個体だな」
「これで小さいんですか!?」
頭上から驚いたユニファーの声が降ってくる。
「ドレッドベアはかなりデカい魔物だからな。 ほら、怒り狂って突進してくるぞ」
「――ひえっ」
その大きな図体で俺目掛けて猛スピードで迫ってくる。その巨体の一撃をもろに受ければ何メートルも飛ばされて全身骨折は免れられない。
俺は冷静にドレッドベアの動きを読みながら銃の引き金を次々と引く。
「チッ……浅いか。 小さい個体だから想定より身軽だな」
「し、師匠!!!」
「喚くな。 ならば――」
俺は最後に直撃する直前、ぎりぎりまで引き付けた状態で額へと銃の一撃を入れる。それでも尚勢いの衰えないドレッドベアを踏み台にしながら飛び上がった。
「グオッ!!?」
思いがけない避けられ方をして驚くドレッドベアだが、それでもターンして俺へと怒りを向けながら後ろ二足で起き上がった。
ドレッドベアの攻撃方法として、猛スピードでの突進以外に代表的なのは、その凄まじい腕力と鋭い爪の引掻き攻撃だ。
「グオオオォォォ!!!」
「はあっ――!」
俺は先程一撃命中させていた額へと、右手で持っていた剣を叩き入れる。骨が砕ける『ゴギッ』という音がしてドレッドベアは地面に伏した。
「……ふぅ」
「あっという間に倒してしまいました! 流石です、師匠!!!」
「そう称賛される戦いじゃなかっただろ」
「そんな事ありません! 常に冷静で戦いを支配していました。 私も真似したいです!」
「……ドラゴンの時に、無理してやるなよ?」
ずるずると木から降りて来たユニファーに俺はそう告げた。
「……まぁいい。 それよりドレッドベアは皮がそれなりの額で売れる。 小さい個体とはいえ宿代には十分な金額にはなる。 皮剥ぎだけするぞ」
「わかりました、師匠」
「解体の経験は?」
「森育ちなので、あります」
「なら手伝ってくれ。 折角頭以外に傷を付けずに倒したんだ。 下手な傷は付けるなよ?」
「わかりま――あ、本当ですね。 そこまで考えて倒していたとは……流石です、師匠!」
「でなきゃ、接近される前に倒している」
そんなこんなでドレッドベアを解体する。肉は臭みが強すぎて食べられないし、内臓も特に素材として利用できない。
皮を剥いでいる最中、ユニファーは手を動かしつつも俺に質問してくる。
「……その、遠方を攻撃していた武器は何ですか?」
「銃の事か」
「遺物、ですよね?」
「あぁそうだ。 リボルバーと呼ぶ種類らしい。 あるダンジョンで見つかった品だそうだ」
金属製で頑丈な上、意表も突けるので愛用している品だった。
「雷の低級魔法が出ていましたね。 その形状で杖なのですか?」
「いや違う。 どちらかと言えば護符に近いな。 内部に魔法陣を直接彫って、魔力を媒体として繰り返し使える状態にしている。 とは言っても、これは俺が入手してから改造した部分だな」
「改造……遺物の時点では武器じゃなかったんですか?」
「武器で間違いない。 俺も聞いた内容だから詳しくないが……どうも火薬という特殊な鉱物を砕いて可燃物と混ぜ合わせた粉に着火して、弾丸という鉄の塊を発射してたらしい」
「鉄をですか……何とも不思議な武器ですね」
「まったくだ……。 その火薬とやらの素材になる鉱物は、現代の研究で見つけられていない。 古代で使い果たして世界に存在しないのでは? ――なんて、知り合いの学者が言っていたな」
「へぇ……」
自分で質問しておきながら返事が適当で癪に障る。だが、俺は銃の説明を続ける。
「その点こいつなら、魔力が続く限り何度でも攻撃が出来る。 それに、ここの部分を回転させれば詠唱の必要もなく魔法を打ち分けられる。 俺に合わせているから雷属性に限られるが、な」
「そう言えば師匠、雷の属性だったんですね」
ユニファーは既に銃に興味を失っていたらしく、別の話題に舵を切る。
「……そう言うお前の属性は?」
「風です。 ですが、魔力量も普段は多いという程ではありませんし、魔法は向いてなくて……」
「呪文を覚えられないとか、か……?」
「ぇ……? よくわかりましたね。 そうです、呪文って長いじゃないですか……」
「お前なぁ……」
そんな言い分のユニファーに呆れつつも、しっかり手は動かして自分の担当している部分のドレッドベアの皮剥ぎを済ませていた。
「解体は、上手いのか……」
「はい、得意です! どうですか師匠!」
「……合格だ」
皮肉を言ったのに伝わらず、説明するのもどうかと思った俺は素直に褒めるだけに留めた。