第4話 ドラゴンと初めての討伐
ドラゴン。ハンターの間では出会ったら最後、命はないと伝えられる最強の魔物が、突如俺達の前に空より現れた。
「あれは……」
「――ドラゴン!?」
一瞬思考が止まりはしたものの、俺は即座に判断を下した。
「逃げろ――ユニファー!!!」
ドラゴンと人間とでは、文字通り格が違う。盤上遊戯で例えるならば……俺や他の魔物が十や二十で戦っている中で六百、七百の値を悠々と出せる桁違いの存在だ。戦って勝ち目がある筈がない。
『……む? 同胞の気配を感じたのだが、姿が見えないな。 我が領土を犯すなどと憤慨していたのだが、当てが外れたか』
「――ぐっ!」
そんな言葉を吐き出しながら、ドラゴンは舞い降りて来た。逆光で見づらかったが、オレンジ色のドラゴンであったらしい。
背の翼をはためかせ、凄まじい暴風をまき散らしながら崖下へと着陸した。
「俺が少しでも引き付ける!!! その間に少しでも遠くに――」
『何を騒いでいる? 矮小なる存在よ』
「……」
「――早くしろ!!!」
俺がこうして身を挺してユニファーを守るのには理由があった。
新米ハンターというのは、この先の未来を担っていく存在だ。特にハンターになったばかりというのは唯のゴブリンですら危険に陥る可能性がある。
だからこそ、ハンターが最初に活動するには先輩ハンターが付き従う決まりとなっている。後世へと教育すべく場を整え、安全を期してハンターの技術を伝えていくのだ。
ユニファーを危険に晒したのは俺の落ち度であり、死なせてしまえば俺の信用は地に落ちる。ハンターは信用が第一であり、だからこそ己の保身を優先出来ないこの手の依頼を避けていたのである。
『む? まさか、我に戦いを挑むつもりか?』
「あぁ、俺の悪運もここまでらしいからな。 どうせ全力で逃げても追いつかれるだろうし、せめて一矢報いてやるよ」
せめて捨て石になるなら新米の逃がす。それが俺のすべき事なのだろう。
「この感じ……この感覚が――」
「ユニファー!!! お前何で逃げないんだ!!!」
その場から動かずに、自分の両手を眺めながら何かを呟いているユニファーを俺は怒鳴り付ける。ドラゴンの圧によって腰を抜かしているならいざ知らず、その様子も見られない。
「師匠、あとは任せてください」
「任せる!? 何を――」
俺の質問に答える事もなく、ユニファーは剣を抜くと地面を蹴って跳躍した。
「とぉっ!」
「は、はぁ!!?」
ただ飛び上がっただけなら驚く事はない。だが、ユニファーは地上から優に十メートルは飛び上がった。
そして頂点から重力によって急降下したユニファーは、剣をドラゴン目掛けて振り下ろした。
『なにっ!?』
「――むっ、竜鱗障壁ですか……。 ドラゴンなら大概使えますよね」
ユニファーとドラゴンの間に発生した透明な壁によって攻撃が防がれる。それによって一瞬空中で静止したユニファーは攻撃を止めると悠々と一回転して地面に着地する。
『貴様、本当に人間か……?』
「その枠組みですよ。 では、戦いを始めましょう――」
「お前の何処が人間なんだ……」
もう一度剣を前に構えたユニファーは、地面を蹴ってドラゴンに飛び込んだ。そんなユニファーの早すぎる動きに遅れて、空気を裂く音が聞こえて俺の耳に入る。
「ていっ! はっ! とおっ! ――しぶといですね」
『何なんだ、貴様っ!!!』
その疑問に関してはこのドラゴンの発言に同意である。
そう考えていると、次々と剣を振るユニファーの攻撃をドラゴンが防ぐだけの攻防が続けられる。その目で追うだけで精一杯な戦いに俺が介入出来る要素などなかった。
一方的な攻撃に着実にあのドラゴンが追い詰められていく。
『ふざけるなぁ!!!』
「ドラゴンブレス!? 避けろ、ユニファー!!!」
追い詰められたドラゴンはその口に魔力を集中させる。そして灼熱の炎がユニファーを襲う。
ドラゴンのブレスの前ではどれだけ硬度のある防具も意味を成さない。他の炎とは仕組みが違うと伝えられている。
「いえ、大丈夫です。 任せてください!」
ユニファーは剣を横に持って左手を添える。そうして一瞬の光と共に先程ドラゴンが使っていた防御と同じ術を使った。
透明で円形な壁に阻まれて、ドラゴンブレスはユニファーには届かない。
「な、なんじゃそりゃあー!!?」
『貴様、人間でありながら竜鱗障壁を――!?』
「これが私の力です! では続けましょう――」
そして、ユニファーは攻撃を再開する。あのドラゴンはブレスに信頼を置いていたらしく、目に見えて勢いが落ちている。
『何なんだ! 何なんだ貴様!!?』
「守りが固いですね。 それなら――」
一度後ろに下がったユニファーは、大回りで勢いを付けながら剣を構えて突進する。
『油断したな――!!!』
「ユ、ユニファー!!!」
距離を取った事で好機であると判断したドラゴンは、もう一度ブレスを放つ。突撃によって免れられないと思われたユニファーだったが、その実体が歪んで消滅した。
『なっ……!!?』
「こっちです!!!」
「ほわっ!!?」
早すぎる速度によって彼女の残像が生み出されたらしい。そしてその反対方向から現れたユニファーは、手にした剣を持ってドラゴンの首へと手を掛けた。
『うごぉっ――』
強大なる生物に似つかわしくない断末魔を最後に、ドラゴンは頭と胴体が分離した。
頭部だけでも相応の質量を持ったドラゴンヘッドは、大きな音を立てて地面に落下する。程なくして耐える力を失った胴体も横たわった。
「――! やりました師匠! 師匠の教え通りで倒せました!」
ドラゴンの返り血を浴びながら、ユニファーはそう俺に声を掛ける。
今の一連の動きに俺の教えがどう生かされていたのか、甚だ疑問が尽きない。
「あ、あぁ……」
「こんな感じでハンターは、魔物を倒してるんですね!」
「あ、あぁ……」
ドラゴンの首が飛んでから、放心したままの俺にユニファーの声は届かない。
「それで……この魔物はどう運びましょうか?」
「あ、あぁ……」
「こういう時はどうしてるんですか?」
「あ、あぁ……」
「師匠……? ――でも、こんなに弱いドラゴンなら、そんなに素材は高くなりませんかね……?」
「あ、あぁ……」
「やっぱりですか……」
「あ、あぁ……って、んな訳があるか!!!」
あまりにも非常識であるユニファーに、俺はやけくそ気味そう言い放った。