第2話 鍛冶屋と遠征準備
この町の少し入り組んだ細道に存在する、ある建物の前に到着する。
「……ここが、装備が整えられるお店なのですか?」
「あぁ、そうなる」
何を商いしているのかという判断になり得る看板すら出していないので、事情を知らない奴は店である事さえ気付かないだろう。
だが、俺が知る限りこの町で最も信頼できる品を扱っているのも事実だった。
「――入るぞ」
「はい、師匠」
客を迎え入れる気などさらさらないと言わんばかりに、建付けが悪くなったまま放置された扉を力を込めて開く。
その建物の中には店の佇まいと相違なく、やる気を感じられない男が一人背を向けて座っていた。
「……」
「いらっしゃいの一言もないのか? エルムレス」
「……ん? その声は、ロホセレインか。 何だ? お前にしては珍しいが、得物でも壊したのか……?」
「生憎、今日の客は俺じゃない」
「お前じゃないって誰、が……」
失礼な事に背を向けて話をし続けていたこの男、エルムレスはその言葉を聞いて初めて此方を向く。
「お前が一人じゃないのを初めて見た……。 えらく別嬪さんを連れてるじゃねぇか!」
「べっぴんって程か? 俺には女の顔なぞわからんが……」
「目ん玉付いてねぇのか!? 男が十人居たら十人振り返るレベルの別嬪だろ!」
「知らん、俺は振り返らん」
俺とエルムレスのやり取りを黙って聞いていたユニファーの顔を、改めてまじまじと見る。確かに世間一般で言う不細工と呼べる要素こそ見つけられないが、それ以前に幼すぎると感じる。
「???」
「そういえばお前、幾つだ?」
「こ、今年で十四歳になりました」
「……ガキだろ」
ユニファーを指差してエルムレスに反論するが、それに対しても食い下がられる。
「別嬪に子供も大人もねぇだろ。」
「だからと言って一々女の顔に是非を問うな――って、んな話はどうでもいい。 それより仕事をしろ」
「あーそうだな……。 それで……何をご所望なんだ?」
「見ればわかるだろ。 防具がハンターとして不合格だ」
俺がそう即答すると、エルムレスは溜息を付きながらも納得する。
「お前らしいな。 今時そういうのが流行ってる地域もあるだろうに……」
「真面目にハンターを続けるつもりのない奴に合わせたって仕方ないだろ。 それに、お前の店にもこういった系統の防具は置いてないんだろ?」
「そりゃあなぁ。 俺は質による信用だけで食ってる様なもんだからな。 先日も聖獣教の祭具の手入れなんてのを任されたりもしてるぐれーだ」
この店に商売っ気がないのは単純に、遠方からでもエルムレスを頼る奴が居る程度にはいい品を提供できる男だからだ。
そんな俺も、装備の殆どをここで揃えている。違うのは扱ってない靴なんかに限られるぐらいだ。
「防具だけか? 武器は――! ちょっと見せてくれ!」
「!!?」
「ユニファー、見せてやってくれ」
「は、はい……どう、ぞ?」
手に取ったユニファーの剣を鞘から抜いてじっと見つめる。
「……知らない製法ではあるが、相当なもんだぞ」
「そうなのか? 俺はそれなりの業物だとしかわからんが……」
「それなりなんてもんじゃねぇ! 名剣も名剣、目利きが集う競売に出せばこれ一本で屋敷が幾つも立つぞ」
「そんなにか……」
「あぁ。 どれだけいい仕上がりで打ったって、これを越えるってのは技術的に無理だって訴えて来やがる」
エルムレスがこれだけ手放しに褒めるのは初めて見た。それだけ良質な剣なのだろう。
「気に入った! その剣に見合うってのは厳しいが、とっておきの品をサービスしてやる。 いいもんを見せてもらったんだ、遠慮はすんなよ!」
「あ、ありがとうございます……」
「……この店で寸法はやってないが、自分のサイズぐれー把握してんだろ? 付いて来てくれ」
「えっ……」
「別に取って食ったりしねーよ。 ロホセレインの連れに手を出したら命が幾つあっても足りん」
「あっ……。 は、はいっ!」
「……」
女っ気のない普段のエルムレスなら、どさくさに紛れて尻ぐらい触るかもしれないが、やってもその程度だろう。
俺からすれば、ほぼ初対面に等しいユニファーの尻が触れられた程度で何も思わない。だが、ユニファーが嫌な思いをしないに越したことはないので黙ってそんなやり取りを眺めていた。
……
ユニファーの装備を整えた後、俺は町からそう遠くない森の入口へと辿り着いていた。
「師匠、質問よろしいでしょうか?」
「あぁ」
「何故、訓練にこの森を選んだのでしょうか? 王都方面に続く平原の方が見通しが良くて弱い魔物しか発生しないので、訓練に向いていると聞きました」
「多少勉強はしているみたいだな」
「はいっ! ハンターになるべく座学も訓練も頑張りました!」
自信有り気なユニファーに、俺は淡々と考えを述べる。
「……だが正解である一方不正解だ。 今回俺達の人数は何人だ?」
「二人です」
「それなら、ゴブリン五体に囲まれた時に二人しか居ない俺達が有利になるのは平地と森林どちらだ?」
「……森林ですかね?」
「正解だ。 どれだけ強さに差があったとしても俺の腕は二本で体は一つだ。 お前を守りながら戦うならこっちの方が都合がいい」
数の暴力で押し切られれば、たとえゴブリンであろうと負傷や死のリスクはない、とは言い切れない。
「ですが、足場が不安定で戦いづらいです」
ユニファーは地面から迫り出した木の根を足で突きながらそう不満を口にする。
「ハンターは必ずしも安定した足場で戦えるとは限らない、早いうちに慣れておくのも肝心だ。 実力者が傍に居る時に積める経験はしておけ」
「成程……。 わかりました、師匠!」
「それに、俺はここの森にはよく出入りしている。 森の奥深くまで潜らなければ魔物の強さも平原と同じだし、数は平原よりも少ない。 訓練にはもってこいだろう」
魔物の数が少ない理由の一端を俺が担っているのだが、別に話す必要もないので省く。
「そこまで深く考えてくれていたのですね……。 ありがとうございます」
「気にするな。 相応の報酬は受け取る予定だからな」
そう言って俺達は、人の侵入を拒む深い森に入って行った。