駆けだせた足
昨年にnoteに公開した「駆け出せた足」(https://note.com/hae_white/n/n72d110bd7b65)を微調整したものになります。もとはシナリオだったものを小説にリライトしました。
梨々は、なにかお話として、順序立ててしゃべることのできそうな夢を見ていた。そのうちに、夢を見ていたんだろう、という気分を抱えて、浅かった眠りから醒めていく。
(あれ……わたし、どうしたんだろ)
重い頭に意識が少しずつ戻ってきた。目を開くまでの一瞬の間に、眠りに就いた一瞬を繋げようとする。
(帰りの電車に乗ってて……それで……寝ちゃったんだっけ?)
「ねえ、大丈夫……! しっかりして!」
そんな梨々の安直な回想は、真に迫った呼び声によって差し止められてしまった。
(あ……誰かに呼びかけられてる。もしかしてこれはまた……やっちゃったかな)
梨々は、うっかり落としたケーキの箱を開けるように、恐る恐る瞼を開く。視界に映ったのは、暗がりの夜空、蛍光灯の光、スレート葺きの屋根──駅のホームだったが、降りたことのない場所なのは肌でわかった。
「うぅ……ここは……」
梨々がか細い声でうめくと、ぬっと目の前に若い女の人の顔が現れた。
「あ、起きた! 良かったぁ!」
「うわあ!」
不意の登場に梨々はしこたま驚き、手で床を突いて後ろずさろうとして、失敗した。床と思ったのは椅子の座面で、掌は虚しく空を切り、そのまま背中からホームの床へと落っこちた。
「いったーーーっ!」
「おわ、大丈夫?」
女の人は目を丸くして、手を差し伸べてくれる。
しかし、無様を晒した梨々は、および人並みに対人恐怖心のある梨々は、そんな迷惑を掛けられないと、首を振ってその手を断った。
「へ、平気です! 自分で立ちます! 立てます!」
早口に告げると、梨々はとっとと立ち上がろうとする。
いくら寝起きとはいえ、立ち上がるなど造作もないはず、なのに、どうしてもうまくいかなかった。何度、地に足をつけようと思っても、浮きかけた腰がアスファルトに落ちてしまう。立つのに必要な何かが欠けているのに、それが何かを考える余裕はなかった。
「あ、あれ、おかしいな……何で……なんで……」
お尻は痛くなるし、焦りは募るし、知らない人に見られている手前、すごく恥ずかしくて、だんだんと目元が熱くなってくる。
そんな具合で、ムキになってどたんどたんする梨々に、その女の人が慌ててストップをかけた。
「お、落ち着いてっ。自分の足、見て!」
「あ、足……? あーーーーーーっ!」
梨々は言われた通りに、落ち着いて、自分の足を見て、絶叫した。
「私の足、なくなってる!」
その衝撃で、梨々は自分が駅のホームで昏睡に至るまでのいきさつを思い出した。
(そうだった、私……この人に忘れ物を届けようとしたんだ)
/
遡ること、数十分。
梨々は電車のボックス席、窓の側に腰を掛けて、夜の黒が流れる窓の外をぼおっと見つめていた。斜向いには、ホームで梨々を見ていてくれた女の人が座って眠っている。かわいいけど大人びてていいなぁ、とか梨々は、目の端で捉えつつ、思っていた。
やがて、電車は駅のホームに滑り込み、停車した。ドアが開き、外の空気が車内に流れてくる。この次が、梨々の降りる駅。やっと帰れる、と気の抜けた、その時。
「あ、やば……!」
目を覚ました女の人が、慌てた様子で立ち上がり、急いで電車から降りていった。梨々はその姿を目で追いかけて、それから向かいの空席に目を落とすと──帽子がぽつんと取り残されていた。
いけない、と梨々はそれを掴み、席を立った。
「忘れてますよー!」
頑張って叫んだのに「ドア閉まります」のアナウンスにかぶって、曖昧な感じになってしまう。
「もう……!」
梨々は自分の不甲斐なさを雪ぐため、覚悟を決めた。
最寄りは次だけど、ここで降りよう。帽子を渡したら、歩いて帰ろう。
そう勇ましく腹を括り、今にも閉まりそうなドアから、外へ飛び出した瞬間、
「ひゃっ……!」
梨々はつまづいた。電車のドアの足元にありがちな突起にか、知らぬ間にほぐれた靴の紐にか、どちらかはわからないが、ともかく、梨々がホームで転んだと同時に、電車のドアがぴっちりと閉まった。
「いったぁ……あ、危なかったあ……」
ヘッドスライディングを決めた野球選手みたいに、閉じたドアを振り返った梨々は、全然セーフではない光景を目にしてしまった。
「……って、あれ? これって…」
「だ、大丈夫……って、そ、それあたしの帽子!」
と、派手にこけた音を聞きつけて、女の人がかけつけてきた。
「ええ、ああ、はい! わ、忘れ物でしたので!」
ぺたんと座り込んだ状態で、梨々はその人に帽子を手渡す。
「そんな……電車から降りてまで。わざわざありがとう」
「とんでもないです! 電車下りることになったのは、わたしが早く気付けなかったからなので……」
「いやいや、あたしが忘れたのが悪いんだ……っていうかさ」
心温まるやり取りの間にも、事態は粛々と進行していて。一向に立ち上がる様子のない梨々に、女の人が心配そうに訊ねた。
「ね、ねえ、本当に大丈夫? 足捻ったりした? 立てる?」
「そ、それが」
梨々は下を向いて、とても気まずそうに言った。
「電車のドアに靴紐が挟まってしまって」
「ええぇーっ!」
確かに、梨々の足から電車のドアにかけて、ぴんと一本の紐が張っていた。車掌のチェックが甘かったのか、そんな状態でも電車はダイヤ通りに動き始めている。
梨々は徐々に引きずられていきながら、今にも泣き出しそうに、
「どうしていつもこうなんだろう……」
「いま凹まないで! 靴脱いで、靴!」
「これお気に入りなんです……」
「言ってる場合かー!」
「ひぃーーーん」
梨々は慌てて靴に手をかけたが、電車のパワーで締められた靴はがちがちに足へ絡みついていて、脱げるビジョンが見えなかった。
「ぬ、脱げない……! あ、足が取れそう……です」
電車のスピードが上がり、二人の距離が少しずつ遠のいていく。
「ちょ、ちょっと! これ、本当にヤバいかも……き、緊急停止ボタン、どこ!」
喫緊の事態に女の人は、青い顔をして周囲をきょろきょろ見回す。そのうろたえる様子を見て、梨々はほんの少しだけ考える余裕ができた。
「あ……そうか。足が取れそうって、ふつうに足、取ればいいんだ」
何でそんな簡単なことを、とでもいう風に呟いて、梨々は自分の足を、スポン! とパージした。
「きゃあああああーっ!」
女の人が悲鳴を上げた。
「わあああああああ!」
一方、電車のおかげで結構な速度が出ていた梨々は、その勢いのままホームを転がっていき、屋根の柱に激突した。
「あうっ」
ゴーン、と響く、痛々しい音を耳奥に残して、梨々は気を失った。
/
「役に立とうと頑張ったけど、また裏目に出てしまった……」
梨々はホームのベンチにひとりちぢこまり、顛末を思い出しながら自分の醜態を反省していた。
「足はなくなるし、あの人……瀬谷さんにも、けっきょく迷惑かけてるし……ほんとわたし、何をしてもダメだあ……」
「お待たせ」
そこへ、女の人こと瀬谷が、ホームに戻ってきた。
「梨々ちゃんの足、次の駅にないか確認してもらってきたよ。もちろん『靴』って建前でね」
「す、すみません……それで、どうでしたか?」
「あったって! ……靴だけ、みたいだったけど」
萎縮し果てる梨々に、瀬谷は明るく言ってくれる。
「靴だけ……ということは、足の方はなかったんですね」
「そうだね。途中で抜け落ちちゃったかな?」
「そうかも……ですね。……あ、あの」
梨々は無限に広がる恐縮の思いを圧し潰しながら、切り出した。
「色々、ありがとうございました。ここからは、わたし一人でなんとか──」
これ以上、迷惑をかけられない、という一心だったが、そんな梨々の台詞を遮るように、瀬谷が手を差し伸べてきた。
「ほら」
「え……」
「一人じゃ歩けないでしょ? 足、探しに行こ! 色々、訊きたいこともあるしね」
確かに──と、梨々は行方不明になった脚の先っぽのことを思った。
/
梨々は、瀬谷に肩を貸してもらいながら、線路沿いの道を歩いて往く。ぽつぽつと立った街灯の間はぽっかりと暗く、そこに差し掛かるたび、自分の身体の曖昧さが余計に際立つようだった。
「大丈夫なの? その足……痛くない?」
「ぜ、全然平気です……!」
痛みはないが、必要以上に瀬谷へと負担をかけてないか、と慣れない人の肩の線に驚いていた。ただでさえ、瀬谷はこの不便な身体のことを問うて来ない。そんな気遣いへの遠慮で萎縮し尽くしていた。
それでも、梨々の心のうちには、はやく説明しろよ、と自分を急かす気持ちはあった。
足の取れる理由は梨々の出生に関わるし、話して愉快になるものでもない。一度もひとに喋ったことはない。こんなボロを見せることはなかったからだ。
逆に言えば、せっかく出してしまったボロなのだから、毒を食らわば皿までの勢いで、吐き出してしまった方が良いのではないか──つまり、言って楽になりたいという気持ちが芽生えていたのだ。
(一期一会……今日限りの関係かも知れないし)
ある意味で無責任な他人だからこそ、言えるのではないかと、梨々は勇気を出した。
「その……足が取れても全然平気な理由なんですけど、わたし……もとは人形なんです」
秘密を吐き出すや、身体が浮いていくようだった。喋っている自分と、喋られた自分が遊離する。瀬谷の反応を祈るように待った。
「に、人形?」
瀬谷は流石に驚いて、一瞬足を止めた。
「ええ……っと、人形って、リカちゃん人形的な?」
「そ、そうです、女の子向けの……マイナーなやつでしたけど」
「女の子向けの、お人形さん……」
それは、満更でもない声の響きだった。再び、梨々と共に歩き始める。梨々は宙に漂うような気分で訊ねた。
「……どうして今は生き物してるのかって、気になります、よね」
「めちゃくちゃ」
食い気味に言われて、梨々はびくっと身を引き、それから目を伏せる。
「それが……わたしにもわからないんです」
「ええ……」
「気がついた時には生命として暮らしてて、わたしもそれを受け入れていました。原因は全然わからないんですが……この、足が取れることと、関係しているんだと思います」
「足が取れること?」
「はい……わたしは不良品だったんです」
茫漠とした記憶が梨々の意識裏に巡る。自我のない身分であった時代、覚えているはずもないのに──梨々としての人格が、外れるパーツが、後付けで生んだイメージだった。
それを、やっと言えるのだ、と思った。
「関節を自由に動かせるタイプだったのに、手足の関節を自由に取り外せちゃったんです。その機能が今も現役なんです……」
「それは、気の毒に……」
「うう……外しても簡単に戻すことはできるんですけどね……」
その梨々の発言に瀬谷は、え? という顔をしたが、まあ、人形ならそうなのか、と思いなして、聞く体裁に戻った。梨々は続ける。
「それで、この取れる手足のせいですぐ破棄されるところを、何かの温情で人にして頂いたんでしょう……だから、わたしは、人形としての自分の役目……わたしに触れた人全員を嬉しい気持ちにする。そういう誰かになろうとしてるんです」
その思いは流暢に口をついて出た。ずっとそればかりを考えてきたからだ。
瀬谷は一瞬、口をつむぐと、それから意地悪そうな笑みを浮かべた。
「……なるほどね。じゃあ、あたしのことも嬉しくしてくれるってこと?」
「えっ、あ……」
梨々は面食らったようだったが、すぐに立て直して「もちろんです!」と言った。ただ、今に至る経緯を頭の中で辿り直したのか、すぐにしゅんとなってしまう。
「でも……瀬谷さんに迷惑かけてしまって……いつもこんな感じなんです。何をやっても……わたし……ダメダメなんです……」
「……あたしは嬉しかったけどな、梨々ちゃんが帽子持って、電車から飛び出てきた時」
梨々は、そう言われて初めて、瀬谷の方をはっきり見た。くだんの帽子をかぶって、かわいいけど大人びてていいなぁ、と思った横顔がすぐそこにあった。
その横顔は嬉しそうに笑っていた。
「それに、今だって楽しいよ、お人形さんと話するって……夢だったし」
「夢……ですか?」
「子どもの頃のね。女の子って、みんなそうなんじゃないの?」
梨々には子どもの頃がなかったので、あまりピンと来なかった。
「そうなんですか? でも……せっかく叶ったのにこんな後ろ向きな話で……、ごめんなさい」
「はははは、本当後ろ向きだな~。でも……思うんだけど、いちばん大切なのは、嬉しくあって欲しいって気持ちがちゃんと伝わることだよね」
「ちゃんと……伝わる……」
うんうん、と瀬谷はうなずき、梨々を見た。
「梨々ちゃんはそこが全力だからさ、あたしも手を貸してあげたくなったのかも。梨々ちゃんのその気持ちで嬉しい気持ちになってる人、たくさんいると思うよ。その空回り気味なところも含めてね」
「あ……」
人の生で初めて、実感のこもった励ましをもらった梨々の心の中に、ほわっと温かいものが生まれた。喜びとか、嬉しさとか、そういうのとはまた違う、希望を与えてくれるような未知の感情──。
「せ、瀬谷さん……」
「──あっ! ねえ見て!」
と、瀬谷がにわかに足を止めて、暗い線路の方を指差した。
「あれ、梨々ちゃんの足じゃない?」
/
「よいしょっと……手の届くところにあって助かった」
足の回収は幸いにもあっさりと済み、梨々はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、ありがとうございます…!」
「いいって、いいって。これ……本当に人形の足なんだね、すごい軽い」
「は、恥ずかしいのでそんなに触らないで下さいっ……」
別に感覚が繋がっているわけではないのに、自分の足が握られているという風景がとても背徳的なものに見えてしまった。そんなうぶっぽい反応に瀬谷は笑う。
「ごめんごめん。元の位置にあてがえばいいのかな」
「はい。かぽっ、てなります」
瀬谷はしゃがみこみ、梨々の足を足首に近づけてみると、かぽっ、とほとんど擬音通りの音がして、元通りにくっついた。
「くっついた!」
「は、はあ~、よ、良かった……なくなっちゃうかと思いました……」
梨々はへたりこむようにして、復活した自分の足に触れる。ちょっとした間だったけれども、これが自分の身体にあった感覚を忘れかけていた頃だったので、安心感もひとしおだった。
そんな梨々の様子に、しゃがみっぱなしで同じ高さの瀬谷の表情が、優しくゆるむ。
「うん……良かった。……梨々ちゃん、本当にありがとうね」
言いながら、頭の帽子に手を触れた。
「この帽子、お気に入りなんだ。誕生日に妹がくれてさ」
「そうなんですね」
「すごい頑張って選んだらしいんだけど、全然、サイズがあってなくってぶっかぶかなの。そういうところを含めて、愛おしいっていうか……」
梨々の脳裏に、ありきたりな姉妹の姿が浮かぶ。デザインばっかり考えすぎて、サイズを考えないようなおっちょこちょいな妹さんに、なんとなく親近感を抱いた。
「だから、あのまま電車に忘れてったら、だいぶ凹んでたと思うんだ。梨々ちゃんがいてくれなかったら……」
「瀬谷さん……」
「……そういうことだからさ、梨々ちゃん、もっと自信持ちなよね! まだまだできること、いっぱいあるよ!」
「は……はい! ありがとうございます!」
「ふふ、どういたしまして」
真っ直ぐな激励に、梨々はしゃんと背筋を伸ばし、首をひょこっと下げた。瀬谷はニコニコとその仕草を見て、ゆっくりと立ち上がる。
「えーっと、そしたら……」
「あ、わたしは先の駅で靴も回収しないといけないので……」
梨々も腰を上げつつ言った。瀬谷の最寄り駅は前駅なので、自然に流れるならここで別れることになる。
「あ、そうだったね。そしたら、あたしはここで──」
瀬谷が別れの挨拶のために手を上げかける。
それを見た瞬間、梨々の心にすっと、寂しい気持ちが風のように吹いた。咄嗟に口から、何故か、なにか、引き留めようとする言葉が出かけた。「待って」と……。
その時、電車が二人の脇を通り過ぎ、その風圧で瀬谷の帽子が高く舞い上がった。
「あっ……帽子が……」
「っ!」
梨々は駆け出した。戻ってきた足は躊躇わなかった。
後ろから瀬谷の声が飛ぶ。
「梨々ちゃん!」
「任せてください!」
梨々は応えて、宙を漂う帽子を見上げた。
(わたし、やっとわかった……ずっとこの、取れちゃうような不便な足に縛られてるって思ってたけど……)
危うい動きでフラフラと浮かぶそれは、やもすると夜へと吸い込まれそうなほどに、頼りないものに見える──だからこそ。
(違う! これで人の役に立つことだって、できるんだ!)
靴の裏を地面に擦り付け、踏み止まる。
そして、喉を焼き付くような大きな声で、叫んだ。
「取れろーーーー! わたしの足ーーーー!」
「ええっ……!」
瀬谷は目を瞠った。梨々は、せっかく取り戻した足を、スポン! と、再びパージし、取れたその反動で、高く高く跳び上がったのだ。
初めての向こう見ずな跳躍。高く上がるにつれて、重力の恐怖が身体にまとわりついてくる。慣れない感覚に、梨々は悲鳴を上げかける、が食いしばった。
「た……高い……けど、怖くなんか、ない!」
梨々は精一杯に手を伸ばし、虚空をさまよう瀬谷の帽子をキャッチした。
空中で帽子を掲げて、梨々は喜びの声を上げた。
「と、取ったーーーー──って、わぁあああああ!」
それも束の間、梨々の身体はしっかりと地に引っ張られ、落っこちた。えらいので、帽子は胸にぎゅっと抱え込み、道路に派手な尻もちをつく。出自が人形でなければ、大怪我を負うところだった。
「いったぁい……」
「梨々ちゃん! 大丈夫!?」
瀬谷が梨々に駆け寄ってきた。そんな彼女へ、梨々は嬉しそうに帽子を見せる。
「せ、瀬谷さん……帽子、取りましたよ!」
「あ……」
その明るい笑顔に、瀬谷も思わず頬と緩んだ。
「ありがとう……また、助けられちゃったね」
「へへ……また助けちゃいました!」
「うん……ありがとう」
瀬谷は、梨々から帽子を受け取り、大切に被り直した。
「すごいかっこよかった。あんなことできたんだね」
「えへへ……そうなんですよ……、絶対、役に特技だと思ってたんですけど」
自分でも大満足な仕事ぶりだったのか、梨々はぽわぽわと浮かれている。足を電車に持っていかれて、しょんぼりしていたとは思えない。
そういう子には茶々を入れたくなるもので、瀬谷は表情を意地悪な笑みに差し替えた。
「…それで、梨々ちゃんはここから一人で帰れるかな」
「あ……えーっと……」
言われてようやく、梨々は自分の状態がどうなっているのか気づいたようだった。瀬谷のことを見上げて、あざとい顔をして小首を傾げてみせる。
「足……持ってきて頂けませんか……?」
「実はもう持って来てるんだけど」
「え」
「戻してあげない! ……次の駅に着くまでね!」
「ええええ!」
「ほらほら立って」
瀬谷は愉快な気分で、驚く梨々の腕を掴んで立ち上がらせる。急に立ってバランスを崩した梨々は、慌てて瀬谷の身体にすがりつく。
「さ、歩こ! 隣駅まで結構あるよ!」
「ちょっと瀬谷さん~、足さえくれれば、わたし一人で歩けるのにぃ!」
そうして、梨々と瀬谷は連れたって楽しそうに、夜の線路沿いの道を歩いていく。
読んでいただきありがとうございます!
評価・ブクマをしていただけると、呼吸ができます。
また、よければ別の作品も読んでいただけると嬉しいです。
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1~2ヶ月に一本、短編小説を上げていくつもりです。