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第1幕 ー 2

『人馬一体とは云うが此れ如何に』の続き。




「『よろしく屋』?ああ、知ってるよ。向こう側から入ればすぐそこさね」


 寂れたとまではいかないが少し人気の減ってきた商店街(アーチ看板がある側が入口だと言うのならその逆側の入口は出口と言えよう)、その出口側にくだんの事務所は建っていた。一見すればただの廃屋。建物へ入れる扉は正面から左側へ取り付けられた今にも倒れそうなものが一つ。二階建てとおぼしき高さで、元は何色だったのか茶色く錆びたトタン外壁が目立つ。



 ──警察沙汰以外なら怪異現象 摩訶不思議 何でも御座れ。よろしくどうぞ、ご贔屓に。



 この世には大きく〖人〗と〖人成らざる〗とに存在が分けられる。現代において〖人成らざる〗モノに対し心霊現象、怪異、ミステリーなど様々な言語で現される。

 人知では推し測れないようなナニか。人々が忘れ去っただけで、そのナニか──〖神秘〗と言える存在・現象は確かに身近に存在している。



「にいちゃん、あんたこの商店街に来るの初めてだろ。なぁに、私ぐらいの歳になるとねぇ…分かるんだよ。来るべくして選ばれた奴と、来たくても選ばれなかった奴ってのがね」


 先程道を尋ねた老婆はくつりと笑い目を細めた。



「あそこならにいちゃんの悩みも解決してくれるさ。なんたって『その手』の相談に関しちゃあ、右に出るものなんてないからねぇ」



 人間に関しては滅法ダメだけどねぇ。老婆は気付けばどこにも姿がなく、少年はいつ歩いたのかボロ事務所の前に来ていた。


『御依頼あれば此方のポストまで。』


 今時依頼が紙媒体限定なのは現代の波に遅れている。それでも文字に釣られるように少年は鞄からルーズリーフを無造作に取り出し四折りにして投函する。

 人間ではない、目に見えない恐怖をどうにかすべく、藁にも縋る思いでこの場所に立っていた。


 警察沙汰つまり人間が起こす事件等以外の人外・人知・怪異専門の解決屋。所謂何でも屋。

 その事務所の名前は──よろしく屋。





***




●報告書

作成者 :海吉みよし なぎ

依頼内容:姿が見えない、人らしからぬらしいストーカーへの対処


発生事案:ストーカーの正体はブリッジしたケンタウロスでした。

何かを握っていたみたいで、右手はグーでしたがめちゃくちゃ速かったです。(Gばりに凄い)


解決法 :手持ちの塩が効かず、いつもの岩塩もなかったのでとりあえず腹に一発ぶちこみました。

ブリッジしたままだったので殴りやすかったです。

でも何故か右手はグーのままでした。



           (とある少女の報告書一部抜粋)





***


 この辺りで佐伯と聞けば呉服屋の『されこうべ さ伯』だろう、霧嶌きりしまさんはそう口にした。


「されこうべ さえき?なにそれ」

「凪さん、俺と違って地元民ッスよね?」


 今の跡取りが大層柔軟な思考の持ち主らしく、昔ながらの反物販売・オーダーメイドの着物の仕立て以外にも洋服の一部に気に入った反物の切れ端を縫い付けたりするサービス、今は着なくなった着物を全く違う形にリメイクするなど割りと多種多様になっているらしい。百目鬼どうめきがタブレットで見せてくれた店舗紹介サイトに記載されている。行ったことはないけども。普通に考えて学生が行く機会もそうない。

 そんなそこそこ有名な呉服屋の坊っちゃんが、我が事務所 よろしく屋のソファに座っていた。


 ボロ事務所にしては上質な茶葉の緑茶を淹れた来客用の白いマグカップから茶葉の薫りと湯気が上がる。

マグカップに一度も触れることなく、佐伯は重い口を開く。


「一ヶ月前、叔父さんが海外から人が変わった様になって帰ってきた」

「前置きは結構。結論から述べてくれや坊っちゃん」


 コロッケを食べながら霧嶌きりしまさんは凄む。本人には凄んでいるつもりはない。

 事務所のソファは全て野郎共が占領しているため、あたしは事務所奥にある小上がりの真新しい和室でごろごろする。藺草いぐさの言い薫りが堪らん。これはつい最近作ってもらったお気に入りの場所だ。いつもは衝立で見えないようにしているが、今日は退けている。


 マグカップを左に避け、佐伯はスマホを机に置く。どうやら写真が表示されているらしい。あたしは小上がりから降り、靴の踵を踏み潰してつつ近付き百目鬼の後ろから覗き込む。


「…叔父さんが人の骨、頭を持って帰ってきたんだよ」


 角度も悪くぶれもあるが、可愛くデコったクリアケースらしき箱に入れられた白い頭蓋骨が撮影されている。箱はセンス良さげだが、中身を見る限りオジサンはなかなかクレイジーな趣味の持ち主のようだ。


「今までも変わった蒐集しゅうしゅう癖があったのは知ってた。けど今回は結婚を前提の彼女を海外から連れて帰ってくるとか聞いていたから…」

「ところがどっこい。連れて帰ってきたのは可愛いお嬢さんでも、綺麗なお姉さんでもねぇ物言わぬ頭蓋骨、か…。オレの好みじゃねぇな」

「それもただのレプリカならまだ良かった」


 佐伯はポケットから小さな袋を出す。交通安全の御守りようだ。それを、口を開き逆さにすると…かつん、かつん。勢い良く跳ねるこれまた小さな白い球体…


「真珠?」


 あたしの前まできた机の上で跳ねていた真珠を掴み眺めた。その数は手にあるもの含め四個。


「……………泣くんだよ、その写真の骨」


 お誂え向けの案件。正しくそれこそよろしく屋に寄せられる類いのもの。

 佐伯の話を纏めるとこうだった。叔父──佐伯さえき 行善ゆきよしは昔から曰く付きと世間で言われる変わった物を集めるのが趣味であった。それも日本だけではなく世界中のありとあらゆる物を。独身貴族ながら株投資で稼いでいるらしく実家の端に佐伯 行善の別宅を自分で建てそこにコレクションを所狭しに並べていた。

 しかし今は数十年分の結晶とも過言ではないコレクションを海外から戻るや、あっさり全て処分。変わりに別宅に持ち込まれたのは写真に撮された頭蓋骨のみだと言う。


「で、なんだっけブラウス?つ~か、お嬢、これ作文?」

「失礼な!どこからどう見ても立派な報告書じゃん!あとブラウスじゃなくてブリッジしたケンタウロスだからブリウス!」


 霧嶌さんの手元には所要時間は約七分の集大成。前に霧嶌きりしまさんは言っていた。報告書とは早く正確にして出すものだと。


「お宅はなんでこれを盗ったんだ?」


 遠回しにそれを盗らず知らぬ振りをすればこんな目に合わなかったのでは?と、霧嶌きりしまさんは煙草を一本咥え火をつける。うーん、もう雰囲気がヤーさんだぜ。良い子の皆は受動喫煙とかで肺が真っ黒になるから気を付けろ。


「それが、叔父さんを狂わせてい、るなら…、棄てればどうにかなると、ここ一ヶ月叔父さんの目を盗んで観察してたら、バレて怒鳴られた」

「この手は誰にも触れさせたくないタイプに決まってんじゃん。バカだなぁ」


 自分の分のお茶を飲みきってしまった為、追加を注ぐため急須を取ろうとして百目鬼がいつの間にか追加を注いでくれていた。渡された茶請けはあたしの好物 堅焼き煎餅(醤油味)。

 いやほんと、お前はあたしのなに?嫁なの?献身過ぎて謎なんだが。


「あの骨が別宅に移されたのは三日前だ。それまで大きさの割りに溢れてた物を処分するのにかなり時間が掛かったらしい」

「えっ!意外!イメージ的に独占欲強そうなのに」

「気味悪がって本宅にある叔父さんの部屋には誰も近付いてなかったからな」

「そんなことよりも、本宅とか別宅とかスケール違い過ぎてピンと来ないッスね…」


 確かに。家どんだけ広いんだ。


「……あ?四つ?」

「何が?」


 袋を再度逆さまにし、机の上を探す佐伯。


「観察してた骨が出した真珠は全部で五つの筈」

「気のせいじゃない?」


 悩む佐伯を他所に霧嶌きりしまさんは膝を叩いた。この話は一旦終わりという意味だろう。


「とりあえず明日から本腰入れっか、お嬢」

「あいあいさー」

霧嶌きりしまさん!俺は?凪さんの右腕たる俺は?」


 はいはい!手を挙げる百目鬼は吠える犬にしか見えない。


「…百目鬼、今日は火曜だぞ。明日は水曜、つまりド平日。お前他校じゃねぇか、しかも隣町」

「うぐっ…!」

「てなわけで、だ。坊っちゃん、お宅にはうちのエースが護衛も兼ねて明日からこの件解決するまでくっつくから」


 え、それは了承してないぞ?

 ナギは抗議をする!を選択。

 キリシマはナギの抗議を遮断! 鋭い眼光をした!

 ナギ 百のダメージ! 麻痺を喰らう。

 キリシマの勝利!


「…ヘ~イ、わかりました~、んじゃ明日からよろしく、えーとサエヨシ」

「はあ!?さえよしってなんだよ!」

「サエキ ヨシノリの略。普通に呼んだらつまらん」



 時間も時間なので依頼達成報酬など、細かい話は後日だとぶちぶちと文句を垂れる少年を帰らし、いつもの三人になったところで報告書を書き直せと命じられ机に齧り着いていると霧嶌きりしまさんが問い掛けた。



「お嬢はどう見た、あの後輩くん」

「不憫」

「それな」


 佐伯、改めサエヨシが置いていった四つの真珠を転がしながら凪と霧嶌の間へ入り、タブレットを触りながら百目鬼は淡々と語る。


「現れたのは一ヶ月前。何の前触れもなくとは佐伯は言ってたッスけど、話を聞く限りタイミングはドンピシャ。何より今更ながら凪さんがブリウスはずっと『ワイフ』、つまりは『嫁』と口にしてた。そうッスよね?」

「そうそう、あの奇行は求愛かと勘違いしてたわ。右手はサエヨシが落とした真珠を一粒握っていたとすれば。ただ単純にあの少年は巻き込まれただけなのでは?」


 じゃなきゃ数も合わなければ、ずっと不自然なグーで追いかけては来ないだろう。




「サエヨシの叔父さんがブリウスの嫁さんの頚を持っていて、それをブリウスは探してる」




 どうします霧嶌きりしまさん?笑ってなどないがまるで今日の晩御飯はなんだと軽い調子で凪は口ずさむ。

霧嶌きりしまは煙草を揉み消し、紫煙を吐きながら薄汚い天井を眺めた。





「探すしかねーだろうなぁ、ソレが人のモノでない限り」







***





当たり所が、体勢が、態勢すらも。油断をしていた訳ではない。ただあの体勢からの戻ることが出来なかっただけなのだ。戻ろうとしても膝が笑い、腕は震え、背筋が悲鳴をあげていた。ありとあらゆる事に於いて悪かった。

 嗚呼、この痛みに呻く時間すら自分には惜しい。しかし身体をあの体勢から戻すことが出来たことは上々。右手に握り締めた小さな手懸りはお前への道導みちしるべ


 あの人間の小僧が全てに繋がっている。もう少しだ、あと少しでお前まで辿り着ける。

 私は必ずやお前を取り戻してみせる。だから──



『共に、還ろう』







***




●報告書

作成者 :海吉 凪


       :

      (中略)

       :


注意事項:あの手のタイプは原因を突き止め、且つ排除しなければ際限無しに繰り返す手合いであることは明白。

早急に対応しなければ依頼人は無事では済まないのは事実。


結論  :我々の範疇であるが、もしそれが事実であるのならば我々は手を退かざるを得ない。







(余白)






頭蓋骨 ずがいこつ

髑髏(しゃれこうべ/どくろ) しゃれこうべ

晒されこうべ されこうべ


全部 くび





           (とある少女の報告書最後抜粋)



-続-

もうちょいこの幕続きます。

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