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よろしくどうぞ、ご贔屓に

今日もおめおめ生きています。

ほんの暇潰しになれば幸いです。


 昔から〖そういったモノ〗、俗にいう幽霊などといった迷信的存在のナニカが視えていた。それを口に出して周りに言ってはいけないと悟ったのはある日の正月。めでたい日に集まった親戚の中でいつにも増して輝いていたつるっぱげの叔父さんの頭部に、まるで初日の出が如く眩い後光を背負ったちっちゃいオジサンが菩薩の表情で座禅を組んでいた。


 ──おじさん、ちょーひかってる


 幼いながらそれは二重の意味で口にしてはいけないと悟り、しかし我慢仕切れず出掛かった言葉は鼻から甘酒と一緒に噴き出した。当時六歳のことである。

 とりあえず叔父さんの頭部を直視出来なくなり鼻がツーンと痛かったが良い思い出だと述べておこう。ちなみに、今でも正月に会う叔父さんの頭部みらいはちっちゃいオジサンが煌々と照らしている。会うたびひっそりと拝んでいるということを、叔父さんには絶対に知られてはいけない。




              (とある少女の独白)








***



 ブレザータイプの制服を身に纏う少年は、普段通ることのない商店街の中を走っていた。それはもう必死に、がむしゃらに前だけを見据えて陸上部さながらの素晴らしい走りを見せていた。是非に陸上部顧問に見てほしい。

 自分の左手を引っ張り、前を駆ける女生徒は ─少年が通う高校の先輩である─ ワンピースタイプの紺色制服のスカートが翻ることなぞ気にする素振りもない。何故なら下に短パンを履いているから、チラリと見えてしまったそれにそういう状況ではないのにも関わらず何故か残念に思ったのは思春期の性か。

 

「なああぎさぁぁああんっっ!アイツ、まだ追って来てるっスよぉお!!」

「ダアッ!ウッセェ!分かってるわ、そんなことおお!!とにかく走って撒くしかないだろおおお!?」


 ナギさんと呼ばれた女生徒の右横を並走する ─隣町の有名進学校の今時珍しい白い学ランを着た─ 見るからに柄の悪い金髪ヤンキーは少年の右手を引っ張りつつも器用に後ろを確認しながらぶれることなく真っ直ぐと走っている。


「なぁにが『ちょっと塩を投げるだけで済む』だ!手持ちの塩が効かなかった虚しさよ!!明らかにそういう類いのアレじゃないじゃん!あの人ばっかじゃねーの!?」

なぎさんいつもの岩塩は!?」

「今日に限って持ってないのよボケェ!!」


 驚くことに会話だけを聞けば口が悪いのが金髪ヤンキーで、微妙な敬語が女生徒なのではと思うがまさかの逆。彼女らのヒエラルキーは一体どうなっているのか、酸素が足りない状況下で両手を引っ張られる少年は、沸々と何に対してか自分自身訳も分からず怒りが込み上げてきていた。

 少年少女は走る走る、捕まるものかとひた走る。ただ走るだけならまだしも、ナギさんという学校の先輩に右手、名も知らない金髪ヤンキーに左手で両手を痛い程引かれ続け、無理矢理走らせている少年 ─黒髪に赤メッシュを入れている─ 佐伯さえき よしのりはとうとう爆発する。


「お前らが煩いんだよ!てか何だよ、さっきから訳わかんねぇことばっか!何が追ってきてんだよ!?」

「「血走った目でブリッジしてるケンタウロス!!」」

「はっ、えっ、んっっ!?ちょ、馬?のブリッジって、どういう状況だよ!?」

「現在進行形でアンタに取り憑いてるヤツだって言ってんだろうが!」


 ブリッジしたケンタウロス、略してブリウスに追われている。それが本当ならば確かに必死こいて逃げるしかないのも頷ける。しかし佐伯がなんとか首を後ろへ向けても、後ろには何もいない。電気が点き始めた店、街灯はまだ点かない夕日の明るい街道に、そう、何もいない。誰もいない。



 ─商店街の中は自分達以外誰も、いないのだ。



「この時間帯に誰もいないって異常だからね!この意味分かる!?」


 ナギは叫ぶ。佐伯の視界には映らないが某社の車に恥じないようなスピードとあの体勢での安定性。着々と差を詰めていくブリウス超早い。息の荒さと血走った目から情熱という名の狂気をひしひしと感じるのは何故なのか。


 何がそこまでお前を駆り立てる?


「元はと言えば、百目鬼どうめき!アンタのせいだからね!?」

「ええっ!そりゃないッスよ凪さん!確かに詳しい内容聞かずに依頼決めたのは俺ッスけどぉ!」

「どうでもいいからどうにかしろよ、なんの為に詐欺師紛いなお前らに依頼したと思っ──!?」


 流石の物言いにカチンと、脳内でカチンコが鳴った金髪ヤンキー ─ ドウメキではなくナギ。そんなナギに気付いたドウメキはパッと佐伯の右手を放す。その勢い宜しく少女は右足を軸に佐伯をグンと前に引く。



「ピッチャー、振りかぶってーーーー」

「え、あ、まじ……??」



 砲丸投げの要領で一回二回ぐるんぐるん、口にしていることは全く違う野球なのだが


「投げたああーーーー!!!!」

「うわあああああっっ!?」


 佐伯が無事ブリウスに激突するのを確認、これでナギ達の平穏は約束された。


「ありがとう名も知らぬ後輩よ、お前の屍を越えて行く」

「外道だ……流石凪さん」

「依頼人投げてさすがじゃねぇよ!?当初の目的どこいった!?何もねぇのにクッソ硬いナニかに当たったんだけど!?マ…ジで恐…ぃ、」


 ─ふぅぅうん


 生暖かい風、というには余りにも生々しいものが首筋を撫でた。まるで吐き出した呼気のような─、脳がそれ以上を理解することを拒否した。同時に声を張り上げていた佐伯の動きが唐突に止まる。不自然に固まった体勢、青ざめる顔色。尋常じゃない量の汗。


「…絵面がホラー、ぅぷっ、ちょっと吐きそうかも」

「…ヤバイッスね。ブリウスなんか一人マイムマイム始めだした」


 視えないながら本能で危険を察知したのか、その場から微動だにしなくなった佐伯を良いことにブリウスは先程から変わらず息荒く高速マイムマイムを一人極め込む。


「アイツほんと視えなくて良かったッスね、あの動きカサカサ音が鳴ってるようにしか思えない」

「Gか。アレの真の正体は火星から舞い戻ったGだったのか」

「ある種のガチホラーじゃないッスか、俺ら昆虫とフュージョンしてないから勝ち目はないッスよ」


 目の前の異常な光景を遠い目で眺めつつ、ナギは改めて今回の少年が再三言葉にする依頼内容を思い出す。


「三猿成らぬ見えない・聞こえない・喋らないというか手紙ではなく物体を身の回りに置いていく悪質なストーカーの撃退、だったけか」

「そうッスね。なんせ監視カメラにも映らない怪異現象付きの」

「警察は宛にならなかったから、胡散臭い我がバイト先である事務所を訪ねた、と」


 スマホは電波が届いている筈なのに圏外。時刻は学校を出た時間帯のまま。手帳型のカバーを閉め、ナギは一人頷いた。


「残念ながら、彼はもう手遅れです…」


 佐伯少年の顔は絶望で染まる。彼女はいま、なんと言った?


「試合は諦めたらそこで終了ッスよ!」

「そこはあれだよ、あれ。触らぬ神に祟りなし」


 でもアレをどうにかしないと帰れないんだろうなぁ…、この流れ。呟きつつ頭をガリガリ掻く姿は焦ってもなければ、恐怖もなければ、悲観してもなく。ただこの異常な空間に場馴れしているのはこのふざけた態度をした女生徒だけなのだと、否応なしに佐伯は感じ取った。


「そもそもブリウスって悪霊?なんで日本に西洋の精霊的なものがいるんだよ、ここは東洋、縦文字文化。あっち横文字文化」

「本当ッスね。あんなヤツどこで拾ってきたんだか」

「いやあれは拾ってくるというか、引っ掛けてくる感じじゃないの?」

「……ナンパ系統ッスか?」

「……え、待って、あのマイムマイム、求愛行動だったりする…?」

「いや、いやいや、いやいやいや、そんな凪さんまっさかー……うそだろ」


 やめろ、やめて、止めてください。そんなお茶らけた会話から徐々に冷静さを帯びていく考察が、地味に現実味が増していくことに佐伯は血の気が引いていく。引きすぎて気絶しそう。


「ぉ、おっ、おまわりさあああああん!高度でマイナー過ぎる人外 × 少年CPだよおおおお!?せめてイケメンかダンディーなおじ様にしろおおお!!」

「マジでやめろ!?俺が泣きたいから!口にしないで頼むから!!」


 人気の失くなった商店街へ反響する少女の個人的な絶叫と、少年の心の底からの願い。

叫んだことにより金縛りから解放された佐伯は幾分顔色に血色が戻る。泣きたいと言っていたが、最早泣いていた。誰が人外に求愛されて嬉しいものか、しかも本人に視えてはいないが明らかにあの様子からして雄なのは間違いない。

 人外ならそこはケモ耳美少女とか、巨乳の悪魔なお姉さんだろ。少年が思い描いた人外ファンタジーはガラガラと崩れていった。


「…………こうなっては仕方がない。奥の手しかないよね」

「なっ、ぎさん、なにを…」


 焦るドウメキを退け、ナギは両手を前に付きだし大きく息を吸い込んだ。



「静まれ、静まりたまえ!さぞかし名のある異国からの珍客が、何故このように荒ぶるか!」

「さっきから思ってたけどお前らアニメとか大好きだよな?ちょくちょく懐かしいネタ挟んでくるのはなんでだよ?」


『ワイフ…、ワイフゥ……!』


「ギャアアシャベッタアアア!?喋れるんかい!つかワイフって何!?」

「凪さんそれ英語で『嫁』ッス!」

「ありがとう!ガチ求愛でした!」


 前へと踏み出したナギの前には血走った目をしたブリウスがマイムマイムを止め、お互い睨み合う。佐伯からすれば彼女がガン付けているのはブリウスの真後ろにいる佐伯を睨んでいるようにしか思えない。

 睨み合うこと僅か五分程度。カップ麺へお湯を入れたのを忘れ伸びてしまったぐらいの、それぐらいの間だった。

 突如彼女は何かに気が付いた。


「今めっちゃ殴りやすい立ち位置じゃん」

『ワグフゥウ…!』


 ナギは何の躊躇いもなくブリウスのブリッジしたままの無防備な腹へ重い一撃を入れた。端から見れば瓦割りエアにしか見えないが、佐伯の耳には何もない空間から何かが割れる乾いた音が確かに聞こえた。


「殴るか…?普通…、」

「凪さんいつもは岩塩ぶん投げるから生身な今日はちょっと焦ったわ、それより立てる?」

「あ、おう」


 隣に来ていたドウメキに促され、ふらつきつつも立ち上がる。そのまま歩くと視えないが例のブリウスが痛みで蠢ていると想像するとゾッとする。二・三歩横に逸れて、少女の隣へ立ち誉めちぎっているドウメキの傍へと歩く。


「相変わらず鮮やかなお手前ッス、凪さん!躊躇なく土手っ腹に一発決めるとかドSなんッスから!」

「あたしどっちかというとM」

「大丈夫ッス、俺Sなんで!」

「ごめん、なに言ってるか分かんない」


 佐伯が近付いたことを気付いた彼女は全身を見るように上から下へと視線を動かし、また一人頷いていた。恐らく、恐らくだが、怪我がないことを確認して一人納得したのだと、なんとなく佐伯は理解した。


「お腹空いたからそこのパン屋寄ろう。あそこのコロッケが美味いのよ。先輩だし、奢ってあげる」


 ふと、育ち盛りの青少年少女の胃袋を刺激する揚げたてのコロッケの香り。数分前にはなかったすれ違う人の足音に、客引きの声。どこにでもいそうなおばさん達のどうでもよさげな井戸端会議。よくわからない商店街らしい放送、初めて感じる独特の空気。


 少年は、戻ってきたのだと。目の前に差し出された熱々のコロッケを受け取り、解らないながら実感した。


「今度お祓いしてもらえば?無駄かもしれないけど」

「……………どっか、いい神社とか、知ってんの?」


 視えない未知なる恐怖を嫌というほど身にしたであろう後輩からの問い掛けに、


「知らね」


 律義に答えたというのに少年は膝から崩れ落ちた。それをケラケラと笑いつつも、ナギと呼ばれた少女は少年に声を掛ける。


「本日はご利用ありがとうございます。今更ながらとりま詳しい話は事務所で聞こうかな、おーい百目鬼ぃ、一名様ごあんなーい」

「はいはーいッス!さあて着いたッスよ。ようこそ、よろしく屋へ」


 いつの間に辿り着いたのか。商店街の隅っこにその事務所は存在した。立地の悪さはピカイチ、風通りも悪ければ、日当たりも然して良くもない。

 怪しさ満々、何をしているのかすら建物を見る限り皆目検討も付かない程にボロい扉を開いた。



「まっ、よろしくどうぞご贔屓に。」



 これが佐伯 義の非凡への始まり。


余談だが、主人公は手を引かれた少年ではない。

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