第95話「将軍」
翌日の午前、兵士の置いていった地図で示された場所へ赴く。
王宮のほど近く、地図の上でも大きな館が描かれている場所だ。
刻限も指定してあったので、その時間通り。
そこはリュウシャン国の軍本部だった。
門を守る兵士に声をかけると、俺たちは応接間のようなところに通された。
しばらく待たされた後、いかにも位の高そうな男が兵士を従えて入ってきた。
長い黒髪を後ろで束ね、立派な口ひげと顎ひげを生やした、鋭い眼光の男だ。
仕立ての良さそうな中華風の着物を着ており、年の頃は50歳前後だろうか。
並んで座る俺たちの向かいに無言でどっかりと座り、俺たちをじろりと見つめた。
「お前たちか、ランファと共にいた者たちというのは」
口を開いたかと思えば、ずいぶん高圧的に俺たちを睨む。
その態度、口調はあからさまに敵意があり、不快だった。
「その前に、あんたは誰だ。リンちゃんはどこにいる」
俺もその眼光に負けないよう精一杯男を睨みつけた。
男は数秒の沈黙の後、後ろにいる兵士を振り返って尋ねた。
「リン……というのはあいつが名乗っていた名だったか?」
「リーリン・フェイと名乗っていたと、報告を受けております」
「そうだったな……」
報告を聞いた男は、こちらを向き直って静かに話し出した。
「私はリュウシャン国将軍、ゾンテ・ヤンという。ランファ……お前たちにとってはリーリンと名乗っていた者の、父親だ」
げ……ちょっと予想はしていたが、この人、リンちゃんの親父か。
「……マモル・ホンジョウといいます」
親父はじろりと俺を睨んだ後、深いため息をついて話し始めた。
「マモル・ホンジョウ……ランファはな、2年前にこの国から失踪したのだ。お前の口から聞かせてもらえるか?あいつが何をしていたのか」
少し悲しい目に変わったヤン将軍に、俺はリンちゃんと出会った時からここまでの経緯を話して聞かせた。
「……あいつはあいつで、成長してきたんだな………」
俺の話を聞いた後、ヤン将軍はぽつりと呟く。
「マモル・ホンジョウ殿。ここまでランファを無事に守ってくれたこと、感謝する。だが、これ以上お前たちと旅をさせることはできない。何も言わず、この国から去ってもらいたい。昨夜の兵士の無礼は詫びよう」
そう言うと立ち上がり、俺たちに頭を下げた。
そのまま部屋を去ろうとするヤン将軍。
「待ってください!急にそんなことを言われても俺は了承できない!」
その後ろ姿に向かって声を張り上げた。
俺の声に反応して振り返ったヤンは、鬼のような形相になっていた。
「これはこの国と我が家門の問題だ!一介の冒険者風情が口を出すな!」
その言葉に俺たち全員の眉間に血管が浮いたが、構わず部屋を出ていってしまった。
にべもなく軍本部から退出を促され、俺たちは正門の前で建物を睨む。
「コケにされたのう」
「リンさん……どこにいるのでしょう」
「何なのあの態度。リーリンが心配だよ……」
みんな突然すぎて、どうしていいのか分からなくなっている。
それは俺も同じだ。
昨日まで一緒に旅をしてきた大切な仲間が、今日はいない。
到底受け入れられることじゃなかった。
どうにかして、リンちゃんを取り戻さなければいけない。
「……とりあえず、作戦会議するか」
腹が減っては戦は出来ぬ。
俺の提案に乗って、リンちゃんのいないパーティは街に繰り出した。
「んで、まずは何をする?この焼売めっちゃ美味ぇ」
「リンさんがどこにいるのかを確かめましょう。ふぁっ……この餃子、肉汁がとろけます……」
「ゾンテ・ヤンとかいう将軍のことも調べなきゃだね。あっつ!小籠包のスープで火傷したぁ」
「ギルドでいろいろ情報を集めるのがよかろう。肉まんの甘みがたまらんのう」
「リンちゃんも一緒にこのクソ美味い店にまた来よう。担々麺辛うまい!」
ナンケイ有数の名店「太陽楼」で腹ごしらえした後はギルドへ向かい、この国、この街の情報を集めた。
さすが金二つ星の効果もあり、初老のギルド長は俺たちを別室に通して知っている限りの経緯を教えてくれた。
その報告によると。
ゾンテ・ヤンはリュウシャン国の階級で2番目に位の高い“将軍”職であり、リンちゃん……本名ランファ・ヤンはその一人娘。
ヤン家は代々武門の家系なので、リンちゃんはあらゆる武術を仕込まれた。
2年ほど前、リンちゃんが14歳になったのを機に、ヤン家よりも位の高い“大将軍”タン・ルーの息子の一人と、縁談を組まれた。
タン・ルー大将軍は病弱な国王に代わってほとんどの執務を担う権力者。
国の中枢を務める家門同士の政略結婚として一方的にルー家から申し渡された縁談だったそうだ。
しかし、その婚約を嫌がったリンちゃんが突如として失踪し、行方をくらませたということだ。
武門の家系……リンちゃんがあらゆる武術や、馬術にも長けている理由が分かった。
「将軍家としては非常に不名誉なことなので、家中で捜索に当たるだけでなく、秘密裏にギルドへも捜索依頼が出されました。ただ、国外までは捜索していませんでしたので……」
この大陸は国と国が全て友好関係を結んでおり、下手に軍部が国外まで密偵を放つ訳にはいかなかった。
ギルドへの捜索依頼も国外まで手が及ぶほどの大々的なものにするわけにはいかず、一部の信頼できる冒険者のみがその任についたが、発見には至らなかった。
結局は家中で“病気療養中”扱いとして、とりあえずは婚約の話を延期にしていた。
しかし、将軍の娘として幼いころから軍部に出入りしていたリンちゃんの顔は兵たちには知られており、この国に再び入ったことで発見されてしまったというのがここまでの話だ。
(ちなみにリンちゃんは兵士たちの間でとっても人気があったらしい)
「それで、あんなにリュウシャンに入るのを嫌がっていたのか……素直に言ってくれたらこの街を避けたのに」
「これはマモルの旅じゃ。あまり迷惑もかけたくなかったんじゃろ」
「リーリン……どうなっちゃうのかな」
「改めて結婚させられてしまうのでしょうか」
「しかし、よく偽名でギルド登録してここまで通せたな」
「隣国で登録したんじゃろ?ヤトマとリュウシャンは名目上は友好国とはいえ、実際のところはあまり仲良くはないんじゃ。ギルドの連携もあまり取れておらんはず」
「仲が悪いのって、どうしてですか?」
「リュウシャンとヤトマの間にはエルフの森が広がっていてな。そこの領有権をお互いが主張して、大陸統一前からずっと小競り合いをしていたのよ。今は中立地帯で落ち着いておるがな」
「じゃあリーリンは、エルフの森を抜けたから逃げ切れたってことかな」
「そうかもしれませんね」
お、久しぶりにエルフという単語が出てきたぞ。
この国を抜けたらエルフに会いに行けるのかな?
むふふなエルフ美女を是非仲間に……。
そんなことを一瞬想像したが、今の問題はそれどころじゃない。
パーティからリンちゃんが抜けるのなんて、絶対に嫌だ。
俺が異世界に来た時からずっと一緒に過ごしてきたパートナー。
恩人と言ってもいい、リンちゃんは本当に特別な存在だ。
かけがえのない仲間を取り返すため、俺たちは対策をひたすら考えた。
メインタイトルに「―異世界は世界を救えるか?―」を足してみました。
「居合道」という言葉を入れたかったので、心機一転です。
今後ともよろしくお願いします。
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