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第92話「無外」


シリュウ先生の訃報は元旦の村人たちへ瞬く間に伝わり、朝から弔問の客がひっきりなしに屋敷を訪れていた。

板の間の道場に据えられた棺。

棺の中には、紋付き袴を着たままのシリュウ先生が安らかな顔で眠っている。

俺たちはその隣に座って弔問客に挨拶をしつつ、その様子を眺めていた。

こちらの宗教はよく分からないが、とにかく客はみんな目に涙を浮かべ、棺に一輪の青い花を添えていった。


「ありゃ葬送花フューナルフラワーじゃ。近しい者の死に供えると、残された者の悲しみを癒す効果がある。ほとんど廃れた古い習慣じゃよ」

横で葬式まんじゅうのようなものを口に放りながらシェリィが言う。

「そんな風習があるんだな……」

「あの花は幻惑作用があるからあまり近づくなよ。悲しみを癒すってのは要するに感覚が麻痺するからじゃ。弔問客が去ったら庭にまとめて放っておけ」

「げっ……さすが薬屋。そんなアブない花、そこらへんに生えてるのか?」

「いや……?滅多に見かけんぞ。ありゃ育てないと群生しない花じゃ。古くからの伝統が残っていると素直に受け取るべきか……この村、ちと怪しいの」


やがて弔問の列も途絶え、昼頃には落ち着いてシリュウ先生の棺と向かい合うことができた。

夕刻に、村外れの墓地に埋葬する手はずとなっている。

棺の前に盃を置き、先生を偲んで酒を注ぐ。自分の盃にも酒を満たし、ちびちびと飲んだ。

「もっと、いろいろ教わりたかったな……」

鞄から出して懐に入れておいた最後の煙草に、火をつける。

そして、シリュウ先生の棺の前、蝋燭が灯る皿に乗せた。

シリュウ先生が喫煙者だったかどうかは知らないが、地球の品を何か供えてあげたかった。

これでセブンスターは品切れだ。



そうして寂しく棺を見つめていた俺の背後に、いつの間にか村長とオーランさんの姿があった。


「マモル様、ちょっと宜しいでしょうか」

村長とオーランさんは共に正座し、俺の前に頭を垂れた。

「なんでしょう?改まって」

「シリュウ先生の遺言に従って、この村について告白させてください」


畏まって何を話されるのかと思ったが、実際のところさっきのシェリィの疑惑のとおりだった。

この村は元々、付近を通る旅人を襲い、資産を奪って生計を立てていた盗賊の村。

シリュウ先生が魔獣から助けてくれたという話も、実際はこの村の討伐隊が編成され、その隊長がシリュウであったというのが事実。

村が壊滅するところだったのを、改心を約束して捕縛から救ってもらったのだ。

幻惑剤になる葬送花が群生しているのも、旅人相手に使うために育てていたかつての名残だという。

それ以来、シリュウ先生から日本酒や陶芸品といった特産品の生産を指揮され、生計を立てられるまでに村を立て直してもらった。

心身鍛錬のための剣術稽古も、村人らが志願して行っているものだという。


「我々にとって、シリュウ先生は何をもってもお返しできないほどの御恩を頂いた方なのです」

「……事情は分かりましたが、なぜそれを俺に?」

「実は、我々の村の罪はまだ許されたわけではなく、元・金星冒険者であったシリュウ先生の管理下にあったため、猶予されているのです」

「つまり……シリュウ先生が亡くなってしまい、再び罪に問われるおそれがあるってことですか?」

「左様でございます……我々すでにシリュウ先生の庇護下において改心し、今後一切盗賊業は行わないと全員誓っておるところなのですが、国に信じてもらえるような罪の軽さではございません」

「で、俺にどうしろと?」

「我々の、新たな管理者になっていただきたいのです。この村をシリュウ先生に代わり、治めていただきたい」


ここまでの話の流れでそのお願いが来ることは大体予想がついていたが、こちらとしても困る頼みだった。

「いや、俺たちは旅の途中であって、この村に定住する気は無いです。確かにシリュウ先生からはこの屋敷に住んで欲しいとは言われましたが、それはいずれ俺たちの旅が終わった後の選択肢のひとつとして受け取っただけなので」

「そこを何とか、お願いできませんか……」

オーランさんも瞳をうるませて懇願してくる。

やべ、年上のエロさ半端ねえ。

「マモル様が望むのであれば、喜んで妾になりますので……」

そういって胸元を強調しつつ迫ってくる。

「いやいやいやいや困ります!ちょっと待って!」

迫りくるオーランを慌てて制し、落ち着いて話す。


「この村を俺の管理下に置くのは別に構いません。ただし、条件があります」

「条件?なんでしょうか……」

村長とオーランに、諭すように話す。

「金星冒険者として、この村の安全はギルドに伝えましょう。信頼はしてもらえるはずです。ただし、俺たちは旅に出てしまうので、この村に留まっての常時監視はできません。俺の信頼する金星冒険者に定期チェックするように頼みます。良いですね?」

「それはもう、文句の言いようもありませんが……」

「あともう一つ」

少し、殺気を込めて話す。

「万が一この村が再び悪事に手を染めるようなことがあれば、即座に俺が戻って来て全員を捕縛します。貴方たちは、絶対にそのようなことの無いよう、命を賭けて秩序を守ってください」

「……っ!それはもう、しかと、承りました……」

村長とオーランは改めて俺に諸手をついた。



屋敷の維持管理は村長とオーランに頼み、定期チェックというのは近場にいるのはマイルマンしか浮かばなかったので早馬で手紙を飛ばしておいた。

まあ彼は俺に恩があるからNOとは言わないだろう。

美味い酒飲んで温泉入りに来なって書いておいたからきっと喜んで来るはずだ。


シリュウ先生の埋葬も滞りなく済み、翌日、俺たちは村を後にした。

形見に、シリュウ先生がアルガスに頼んで打った刀も預かった。

「そういえば、この村って名前なんていうんですか?」

別れ際、結局 しまいまで聞かなかったことを村長に聞いてみる。

「かつての名はもう捨て、今はシリュウ先生にいただいた“ムガイ村”を名乗っております」

……それを聞いて、ちょっと笑ってしまった。

無外流のムガイ、あとはもうここは「無害ですよ」のムガイかな。

シリュウ先生の洒落っ気か、そこまで考えてはいなかったのか。

日本人しか分からないツボだった。

とにかく、俺たちは雪景色となった高原の街道を下り、リュウシャンとの国境へ向かった。



長かった旧帝国領内の旅も終わり、いよいよ次の国、リュウシャンへ―――。




長かった旧帝都編もこれで完結です!

本当は90話から次章にするつもりだったのですが、思いの外長くなってしまいました。

次回から新章、よろしくお願いします!


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