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第87話「村人」


マツカゼとノカゼの引く馬車は中央山脈の麓を進み、高原の小さな村を訪れようとしていた。

国境近くで方向転換したためかろうじてまだ旧帝国領ではあるが、街道沿いにもはや人家は無く、ただ草原が広がるばかり。

都心の華やかさとは全く異なる景色だ。

ここまでの道のりはずっと緩やかな登り坂で、少しずつ標高が上がっていることを、肌に当たる冷たい空気で実感できた。

季節はもう、明らかに冬へと向かっていた。

「ううっ、ちょっと寒いわね……」

御者席で手綱を引くリンちゃんがぶるっと肩を震わせる。

「リンちゃん、これ羽織ったら?」

ダンノウラの商店街で、これからの季節にむけての買い物も済ませてきた。

俺はリンちゃんに浅葱色のポンチョを手渡した。

「ありがと、マモル。もうすぐ村に着くはずよ。会えるといいね、マモルの会いたい人に」

「うん……実はさっきから少しドキドキしてるんだ」

「ふふ、好きな人に会いに行くみたいね」

「まあ、ある意味な……憧れ、ってのもおかしいか。実際に会ったことはないけど、自分がやってる武道の基を作った人だから。歴史上の偉人に会いに行く感じかな」

「そしたら、すでにうちのパーティには歴史上の人物がいるわね」

「そうだな」

2人でチラッと馬車の中のシェリィの姿を見て、笑い合った。



やがて到着した村の入口は、紐で丸太をくくった簡素な柵と、同じく木で枠取りがされた門で守られていた。

いや、守られてはいなかった。

門扉はあったが閂などはされておらず、押してみるとすんなり開いた。

辺りに、人の気配は無いようだ。

門は馬車では入れない小ささだったので、とりあえず俺とリンちゃん、ルナの3人で門をくぐる。

ティファナは馬車の御者席で待機してもらった。ちなみにシェリィはアホ面で寝ている。

「門番もいないし、不用心な村ねぇ」

リンちゃんが周囲を見渡しながら言う。

「高原の先だから、あまり訪れる人もいないのでしょうね」

ルナも同じく、様子を見る。

「それにしても、人の気配が無いな」

木造平屋の民家がぽつぽつと並ぶ小さな集落だ。

なだらかな斜面が続く集落の小道の先に、奥の方に大きな茅葺かやぶき屋根の家屋が見える。

村長の家か、集会所か何かだろうか。

「あそこに行けば誰かいるかな」

俺が指したその建物へ、3人で向かうことにした。


その前まで行くと、中には人の気配があった。

玄関の方に周ると、木製の引き戸は全開になっており、上がりかまちの先に板張りの廊下が続いていた。

目の前の土間には、多くの靴が置かれている。

どうやら、この村の住民がたくさん集まっているようだ。

その割には、やけに静かだが。


「ごめんくださーい!」

中に向かって何度か声をかけると、しばらくして一人の老人が廊下の奥から歩いてきた。

禿げあがった頭に、白髪のあごヒゲ。いかにも長老といった感じだ。

「はい……どちらさまでしょう。旅のお方ですか?」

「あ、すみません、旅の者です。この村にさっき着いたところだったんですが、ここまで村の方の姿が見えなかったもので、人の気配があったこの家を訪ねさせていただきました」

怪しまれないよう、目一杯丁寧に事情を話すと、老人は穏やかな顔で答える。

「ああ……すみません、今、ちょうど稽古の時間でして。村人のほとんどがここに集まっておるのですよ」

「稽古?何の稽古してるんですか?」

さすがのリンちゃんも老人相手には敬語なのか。

「剣術の稽古ですよ。この村の者は皆やっているのです。宿をお探しですかな?」

「そうですね、どこか紹介していただけると……」

「あいにくこの村はめったに客人の来ない村でして、宿は無いのですよ。たまにいらっしゃった方にはこの集会所に泊まってもらっています。宿賃はいただきますが」

「助かります。もし良かったら、お願いします」

「稽古が終わるまではご案内できませんので、少しお待ちいただけますか。それとも、稽古を見ていきますか?あなた方も腰に剣を提げていますね」

「拝見させていただけるなら、是非」

俺の言葉に老人はにっこりほほ笑んで、奥へ通してくれる。

靴を脱ぎ、板の間の廊下に上がった。


廊下を少し進んだ先の戸を引くと、老人が部屋に入っていく。

それに続いて入ってみると、そこは教室2つ分はありそうな大きな部屋だった。

中には、30人くらいはいるだろうか。

多くは40から50代くらいのように見えたが、男女どちらも同じくらいの人数だった。

みんな木剣、というより明らかに「木刀」を持っている。

「皆さん、旅のお方が見学にいらっしゃいました。気にせず、続きを」

老人が周りに声をかけると、村人たちの視線が俺たちに集まったので、俺たちは丁寧に一礼した。



村人たちは無言で、その場に座ったり立ったりした状態から、様々な型で各々の木刀を振る。

部屋の中には、木刀が発する風切音のみが響き渡る。

その姿を見て、俺は胸の高鳴りが止まらなかった。


―――村人たちが稽古しているのは、「無外流」の型だ。


あそこのおじさんがやっているのは、五要の一「しん」。

あっちのおばさんは、五要の二「れん」。

手前の壮年の男は、走り懸かりの四、「右の敵」だ。

この村の人は、みんな無外流を学んでいる……!



緊張しながら、隣で並んで稽古を眺める老人に質問する。

「失礼ですが……シリュウ・ナカガワさんですか?」

老人は少し驚いて俺の方を見た。

「あなたはシリュウ先生をご存じなのですか?」

……この老人は、違った。

確かに見た目は全然違うが、転生ならそれも有るのかと思ったが。

老人に答える。

「面識は無いのですが、お会いしたくて探しています。ダンノウラのギルドでこの村にいると伺ったので」

「シリュウ先生はこの村のもっと先の山の中にご自宅があります。ご高齢で体調を崩されていて、ご自宅で療養していますね」

「そう、ですか……ご自宅に伺っても大丈夫ですか?」

老人は少し考えてから、逆に質問してきた。

「失礼ですが、なぜシリュウ先生をお探しに?」

もっともな問いだ。

正直に答えよう。

「俺も、無外流を学んでいるんです」

老人はさっきよりもずっと驚いた顔になる。

「無外流を?まさか、シリュウ先生と面識が無いのに、なぜですか?シリュウ先生はここの村でしか無外流を教えていないと伺っておりますが」


異世界、とか話を出したらややこしくなりそうだ。

「論より証拠を見せましょう。無外流二十本の型、やってみせます」



新展開です。

第4章には93話から移行予定。

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