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第8話「初夜」


「だってしょうがないじゃん。この宿全部ツインだって言ってたし」

「しょうがなくない!」

「さっきは何も言わなかったじゃん」

「さっきはイガルさんたちがいたから言えなかったの!」

「だって部屋あたりの料金だから2人じゃないと倍かかるし」

「だけど……」

「リンちゃんが金持ちならもう一部屋借りればいいんじゃなーい」

「うう…………」

まあ、旅の用心棒に金の余裕があるようには見えない。意地悪なことを言ってしまった。

諦めたのか、リンちゃんは窓側のベッドに顔からダイブした。

「……ヘンなことしたらブっ殺すからね……」

「しませんからご安心ください」

旅慣れてると思ったら案外うぶいな、この娘は。

しかし俺にも下心が無いかと言われればまだまだ若いわけで……。

ま、社会人としてあくまで紳士的に接しましょう。

とにもかくにも、当面の拠点を確保できた。

疲れでどっと身体が重くなる。リンちゃんもそのままうつぶせに寝ころんだままだ。

俺も眠気に誘われるまま意識が遠のいていった。



「おーい!」

ドンドンとドアをノックする音ではっと現実に引き戻される。

「は……はーい!」

慌ててドアに駆け寄って開けると、笑顔のイガルさんとロズさんが立っていた。

「さあ、飲みに行くぞ!」

……おっさん達は元気だなぁ。


疲れているから遠慮したいところだったが、

改めて自分の身体に聞いてみると、結局干し肉以来何も食べていない俺も空腹の限界だった。

夕飯がてら、ということで、日が暮れた市街へ4人で繰り出した。

ランプの街灯がところどころ灯り、夕闇に包まれつつある街をやさしく照らしている。


イガルさんたちの先導でしばらく路地を歩くと、ガヤガヤと賑わう酒場に到着した。

先ほどの宿ほどではないが、なかなか大きな建物の店だ。

チリンチリンと鳴るベル付きのドアをくぐると、あちこちの笑い声がボリュームを増す。

店内はやや薄暗いが、見たところほとんどのテーブルが埋まっていて、

冒険者の服装をした屈強そうな男たちや、仕事終わりだろうおっさん達が美味そうに酒をあおっている。

ほどなくして、若いお姉さんの店員がこちらに気づいて駆け寄ってくる。

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

こっちの世界でも接客はきちんとしているんだな。

首元の深いTシャツとショートパンツにエプロン……なかなか魅力的じゃないか。

イガルさんが指で4を示すと、こちらへどうぞ、と隅の方のテーブルへ案内される。

頑丈そうな木の丸テーブルの真ん中に、キャンドルがやさしく灯っている。

囲むように席につき、間を置かずイガルさんがメニューも見ずに注文する。


「エールと、肉料理と、あと適当につまめるものを」

エール?エールって確かビールの種類だよな。

「リンちゃんは、まだお酒ダメなんだっけ。マモル君は大丈夫だよな」

「アタシも16歳なんで飲めますよ!エールで!」

この世界は16歳でも飲めるんかい。まあ規制があるだけ健康的か。

「俺も、いただきます」

しばらくして、木樽のようなジョッキで飲み物が運ばれてきた。

「旅の無事と、新しい出会いに、乾杯!」

イガルさんの音頭でジョッキを交わし、遠慮なくグビっと飲む。

「……っぷはー!」

冷蔵庫のビールのような冷たさはないが、まろやかな味わいのエールは喉から胃までをあっという間に駆け抜け、

飢えていたアルコールを補給してくれた。

実際にはこっちの世界に飛ばされる前夜にも一人で勝手に飲んだのだが、

草原にぶっとばされてからは何週間にも感じて、本当に久しぶりに酒にありつけたような有難みだった。

「いやー、マモル君のような面白い若者と出会えて、こういうことがあるから旅はやめられんのだよ!」

はやくもイガルさんはご機嫌だ。

「君のおかげで馬も仲間も怪我をしなくて済んだんだよ、改めてありがとな」

ロズさんがジョッキを口に近づけながら話す。

よく見てなかったがこのおっさんもなかなか男前じゃないか。

「オイシイ!」

リンちゃんも目を細くしてグビグビ飲んでいる。

……意外とイケる口なのか?この娘。

「お待たせしましたー!」

やがてチキンの丸焼きのような豪快な大皿や、芋やらベーコンやらの炒め物など、様々な料理が運ばれてきた。

どれもこれも、空っぽの胃袋には大歓迎の品揃えだ。

思い思いに手を伸ばし、談笑しながら舌鼓を打つ。

そうして、楽しい夜は更けていった。


2時間ほどで宿に戻り、イガルさんたちと別れを告げて部屋に戻る。

「じゃあ、頼んだよ!」なんて別れ際に言われたが、頼まれても困る。

何を頼まれたのか?それはこの隣にいる泥酔娘だ。

俺は酒場を出る時からずっと、リンちゃんに肩を貸していた。

「ギモチワルイ……」

リンちゃんが今にも吐きそうな顔で顔を青くしている。

「ここで吐くな。便所で吐け」

「アンタ冷たい……背中さすって………」

「はいはい」

さっき俺と同室が嫌だとかなんとか言ってたくせに情けない奴だ。

小一時間介抱するとリンちゃんはようやく落ち着いてベッドで寝息を立て始めた。

「ふう……。さて、俺も寝るか」

若い女の子と同じ部屋で初めての夜だってのに、ムードも何もあったもんじゃない。

もともと期待していたわけでもないが。



俺もほどなくして隣のベッドで眠りについた。







日本の法律ではお酒は20歳からです!

異世界で良かったね、リンちゃん。

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